9話 屋内でドッジボールをした

 地球温暖化のせいだろうか。

 この冬は雪が降らなかった。ホワイトクリスマス等々のロマンティックなものを楽しみにしていた人にとっては残念かもしれないが生憎そういったものと俺は縁遠い。僅かばかり残る童心を発散する機会を失っただけだった。


 現在外はしとしとと雨が降っている。

 そして体育館の内部は熱気でむんむんとしていた。


 原因は体育の授業で年甲斐もなく騒ぐ高校生にある。

 他クラスの男子を前にして俺と三木は広い枠の中で突っ立っていた。


 サボっているわけではない。俺たちはここに存在するだけで価値があるのだ。


「それにしても雨は予報通りだったな」

「だったね。湿気は最悪だけどおかげでこんなに楽しい授業が出来るんだから万々歳だよ。さあヤナギ、僕たちの力を見せつけてやろうぜ」

「三木」

「何だい」

「ボール来てるぞ」


 そう言いながら俺はスッとその場から離れる。


「えっ?」


 正面を振り向いた三木の顔面にバチン、と音を立ててボールが強打した。


 時が止まる。


 しかし三木はよろめきながらも踏みとどまった。


「…………顔だからセーフ……」


 赤くなった顔は苦痛で歪んでいた。


 ……痛そうだな。


 目も当てられない姿に俺は心の中で合掌をした。


 思うに、ドッジボールはいつの時代も風化しない人気の遊びなのではないだろうか。

 

 スポーツには流行というものがある。

 

 サッカーや野球、それらもだいぶメジャーなスポーツになったがかなり最近の話だという。


 そんな中なぜドッジボールが浸透したのか。

 単純な話だ。ルールが簡単だからだ。しかもミットもバットもゴールも要らない。ボール一つでお手軽にできる。


 そしてもう一つ理由があると俺は考えている。

 ドッジボールは誰が参加しても意味があるのだ。

 腕の力が強い人はもちろん積極的に攻撃して当ててくれればいい。

 弱い人も内野に存在するだけで意味がある。


 まさに万人が楽しめる遊びなのだ。

 とか色々言ってみたが俺自身がドッジボールが得意だからそう考えているだけのかもしれないが。

 もちろん俺は逃げる役だ。


「大丈夫か」

 鼻血も出ていないようだが一応三木に声をかけてみる。

 しかし外見には問題なかったが今の一件で三木には何か別のスイッチが入ってしまっていた。

「ヤナギ。僕はこの戦いを授業だとは思っていない。これはこの学校の権力争いに近しいものだ」

「へぇー」 

「ほら。あいつらの野蛮な顔を見るといい。これ以上何を望むっていうんだい。ここで負けたら僕たちは立つ背がない、取り柄なしだ」

「そうだな」

「わかってくれたかい。全く、何が上位クラスだ。僕は絶対に負けないからな。この勝負でも成績でもあいつらを見返してやる、下克上だ!」


 何やら燃えている三木を置いておいて俺はぐるっと周りを見る。

 外で行うはずの体育の授業は雨で中止になったため、現在屋内での運動になっている。

 教師は体育館の中をひたすら走らせたかったようだが、それを生徒が一丸となり阻止した結果、ドッジボールを行うことになった。


 そしてその中には将棋部の面々もいる。

 猪井いのいという少しぽっちゃりした姿はすぐに見つかった。猛々しそうな苗字をしているが実際は柔和なマスコットキャラのようなやつだ。しかしその見かけに騙されてはいけない。先手をとって副部長を選ぶなど性格は食えないのだ。ちなみに最初から外野にいた。


 そしてもう一人が——


「覚悟しろぉ゛ー!!」


 声を張り上げながら投げられたボールを俺はそっと避ける。


「あ゛あ゛ぁぁー!」


 そいつは濁音混じりの奇声を出すと頭を抱えながらしゃがみこんだ。

 あいつの名前は和田。

 何と言うか情緒不安定というか。こんなやつだ。


 二人とも俺とは別のクラスだ。

 

 いいやつらだと思っている。だが、友達と呼べるようなラインであるかと問われるとそれは微妙なラインだ。

 一緒に遊びに行ったこともない。

 何というか三木みたいに腹を割って話せない。

 きっと付き合いが短いからだろう。何せ週に二回しか活動をしていないのだから。


 付け加えるとこの学校は入学時成績がよかった順に番号が大きくなる。

 そして今ここにいるクラスはその番号の末尾。

 三木が目の上の仇にしているクラスにあの二人はいる。


***


 戦いは思ったより早く終わってしまった。


 三木の期待通り俺たちのクラスの勝ち。三木は誰も当てていないが渇望していた勝利に喜んでいた。

 

 女子の方も早く終わったらしく、かなり時間が余ったため男女で対決することになった。そうしなくては走らされることになるので俺としても嬉しいことだ。


 そのはずだったのだが。


 試合開始後。


 さっきから俺にめちゃくちゃボールが飛んでくる。

 特に目立つ行動はしていないというのに。

 

 変なことさえしなければ俺みたいな奴誰も狙わない。たまにきても避けてる間に仲間が当ててくれてゲームセット。それが俺の戦い方だったはず。


 そうこうしている間にも俺が避けたボールに仲間たちがどんどん犠牲になって外野へと移っていく。


 女子陣の主砲、如月のせいだ。

 

 そしてその豪速球が明らかに俺を狙っている。


 どうしてだ?

 避けながら俺は必死に考える。


 理由など一つくらいしか思いつかない。

 おそらく俺が一人になると動きやすくなってしまうからだろう。ことらさ避けることに関しては俺は一級品だという自負がある。それを見抜かれたか。


 しばらく俺を狙ったボールが続く。

 その度に巻き添えになった男子たちがデッドボールのような球を喰らって外に出る。


 しかし俺を狙っていることに気づいたのだろう。ある人物がその猛攻を止めた。


「ヴォイ!」


 和田がボールをキャッチする。

 

「へっへっへ、取ってやったぜ」


 ナイスだ、和田。俺もかなり疲れていた。このタイミングで少し休ませてもらおう。

 かなり敵の内野の人数も減ってはいるものの圧倒的にこちらの人数の方が少ない。こちらの戦力は軒並み如月に当てられてしまったのでここは外野にパスだな。


「でゃ!」


 しかしそこは和田クオリティ。

 なんとそのまま敵陣に向かって投げた。


 しかもキレの悪いボールを。


 これには男子全員が落胆したと思う。

 あっさりと地に転がったボールは拾われるとすぐに本人の元へと帰ってきた。


「グボァ!」


 和田は撃沈した。

 ……さっき取れたのは偶然だったんだな。


 しかし何故かそれ以降俺に余裕が生まれた。


 ピタリと如月が俺を狙わなくなったのだ。


 これはいい。と思ったのだがそれが油断だった。


 だいぶ人数が少なくなったと思ったら突然俺目掛けてボールが投げられたのだ。


 しまった。

 さっきのはフェイントだったのだ。


 だが今から避けようとしても間に合わない。

 

 その時だった。


 ボールと俺の間に三木が身を投げ出した。

 進路を阻まれたボールが三木に当たる。


 てんてん、と弾みながらボールは俺の前に力なく転がった。


「……三木」

「あとは、頑張れよ」

「ああ。お前の犠牲は無駄にしない」


 俺はボールを外野へと届けるため高く投げた。



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