8話 お返しについて考えた

「難しいな……」


 俺はきらびやかなショッピングモールの一角で頭を抱えていた。


 ことの発端は二日前。

 三木に言われたことを思い出す。


『当然ホワイトデーのお返しはするんだよね?』


 あの場では濁したがさて、俺はホワイトデーのお返しをするべきなのだろうか。


 普通に考えれば三木の言う通りにした方がいい。

 しかし何気ないお返しのつもりでも相手に負担をかけてしまうことがある。


 普通のプレゼントでも自分はこれがいいと思ったところで向こうにとっては不要なものであることはよくある。


 ましてや今回はバレンタイン関連だ。

 惚れた腫れたの話になりかねない。男女間のプレゼントのやりとりはかなりシビアになってくる。


 如月だってあまり重すぎるものを返されては迷惑だろうし、それならばいっそのこと一切返さないのも一つの手ではないだろうか。


 と、昨日までは思っていた。


 だがあの頑張っている姿を見てしまえば気持ちだって揺らいでしまう。


 あの頑張りをたたえる意味合いを込めて渡してもいいのではないだろうかと考え始めていた。

 いや、そんな上から目線であってはいけない。


 俺は純粋に応援したくなったのだ。

 

 そこで散歩も兼ねてリサーチすることにした。


 ショッピングモールまで来たのは人が多いから紛れることが出来ること。そして知り合いがいなさそうだったからだ。

 まさか如月がバイトしている店で選ぶわけにはいかない。そんなことをしようものなら真っ先にあのパートのおばちゃんに嗅ぎつけられてしまい、いい噂話になってしまう。


 そこでショッピングモールへと足を運んだのだが。


 きらびやかな包み紙が並ぶホワイトデー特設コーナーにはいかにも、というものしか置いていない。


 思いっきりハートマークがあるもの。アルコール何%と表記があるもの。一個一個のチョコのために箱に仕切りがあるもの。


 後者はともかくとして前者はまずあり得ない。

 周りの目も気になるのでさりげなさを装ってブラブラ歩いていた俺だがやがて悟った。


「……ここは違うな」


 如月がくれたのはおそらく彼女が自分で食べようと思っていたものだ。 

 それに見合うものでなければいけない。

 ここに置いてあるのは値段も高価なものが多く俺の趣旨から外れる。


 もっとチープで、だけど安すぎないものがいいだろう。

 それに思えばチョコでなくともいいのだ。


 そこでお菓子コーナーへ行ってみると程よい価格のものがたくさん並んでいた。

 ここはパラダイスだろうか。あの特設コーナーと比べて一回りも二回りも安い。しかも種類も豊富でよりどりみどりだ。

 

 この中で如月が好きなものは何だろう。

 この前持っていたし無難にチョコだろうか。

 でもどうせなら勉強中とか何か作業をしながら食べられるものがいいかもしれない。

 例えば——このアメとかどうだろうか。


 パッケージには脳の働きに必要なブドウ糖を補給出来ると謳い文句がある。

 まさにうってつけだ。これを買おう。


「それいいですね」


 振り向くと後ろに如月がいた。

 

「よ、よく会うな。如月は何をしに——ああ、買い物だよな。バイト先で買わなくていいのか?」


 さりげなく話題を逸らしながら俺はそっと商品を棚に戻す。


「驚かせてしまいましたか、すみません。そうですね、本当はお世話になっているのであの店で買いたいんですけど。やっぱり特売には敵いませんね」

「なるほど、おつかいか。偉いな」

「いえ、おつかいではないのですが……今晩の夕飯の買い出しですね」


 如月の買い物カゴに目をやる。じゃがいも、にんじん、肉。

 

「今晩はカレーにしようと思いまして」

「……もしかして自分で作ってるのか?」

「はい。うちは両親が仕事で家を空けているので毎日自分で作ってます」

「それはすごいな……」


 感嘆のあまりため息が出てしまった。

 勉強だけでなく料理もできるのか。


「よかったら召し上がっていきますか?毎回作りすぎてしまうので。それに昨日付き合ってもらったお礼もしたいですし」


 それは如月の家に上がるということだろうか。

 如月の家、正直気になる。

 でも、


「悪いな。もう親が夕飯を作ってると思うんだ」


 もちろん事実だ。

 だけどそれはどうとでもなる。

 本当は如月の家で二人きりになるのが怖いのだ。


 今はそれとなく体裁を保てているがきっと俺は挙動不審になる。上手くやれるイメージが湧いてこない。


 それに若い女性が男を家にあげるというのはどうなのだろう。

 俺は毛頭手を出すつもりはないが周りから見てそう思われたら弁解のしようがない。


「そうなんですか……」


 しょげた子犬のような顔をされると悪いことをした気分になってくる。

 そんな気持ちになったというのに気の利く言葉ひとつも言えないのだから俺は臆病風を吹かせるのが得意な人間なのかもしれない。


「悪いな……」


 俺は言葉を絞り出した。


「それではまた次の機会にでもどうぞ」

「そうだな——ん?」


 また次の機会???


「もうこんな時間ですか。すみません、特売が始まってしまうので失礼します。柳沢さん、都合のつく日があったら教えてくださいね」


 事の真偽について尋ねようとしたが如月は既に早歩きを始めていた。


 俺は追うのを諦めて先ほどのアメに目を落とす。


「……とりあえず買っとくか」


 もしかするとホワイトデーよりも前に渡すことになるかもしれない。それはそれでアリだろう。


 優しくパッケージの上部を掴むと俺はレジへと向かった。

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