7話 二人でジョギングをした

 来たる土曜日。


 天気は快晴。気候も最適。体の調子もヨシ。

 絶好のジョギング日和だ。


 動きやすい服装をした俺は如月との待ち合わせ場所へ向かっていた。


 指定した場所はあのスーパー。

 そこなら絶対に迷うことはない。

 如月もバイト先に選んでいるくらいなのだから来るのに時間もかからないだろう。俺の家からもそこまで離れているわけではない。

 しかも時間までスーパーの店内で涼むことまでできる。

 まさに集まるのにはうってつけのベストポジションだ。


 そう思っていたのだが。

 歩きながら他の店を見ていて俺は気がついた。


 この時間だとまだスーパーが空いていないのではないか。


 時刻は九時前。コンビニ以外、軒並み人を受け入れている様子はない。今頃店内ではあせくせと開店の準備に追われている頃だと思う。

 

 遅れるのもどうかと早く出たのが裏目に出た。

 少し外で待つ必要がありそうだ。


 そのことだけ考えると照りつけてくる日光が恨めしく思えてきた。

 俺はアスファルトに映る日差しを睨み付ける。


 ……いや、時間を指定したのも俺だし早く家を出たのも俺だ。晴れたことを素直に喜ぼう。

 それにもうスーパーのすぐ近くまで来てしまっている。どこか日陰を探して待つか。


***


「おはようございます、柳沢さん」


 俺が到着するよりも早くスーパーには如月がいた。

 彼女はこちらに気づくなりぺこりと頭を下げた。

 

 朝の日差しよりも眩しい。少し面食らいながらも俺は挨拶を返す。


「おはよう。随分早いな」

「それはそうです。私から言い出したことなのに遅れてしまってはいけないので」


 だからってこんなに早く来る必要があるだろうか。俺が言えたことじゃないが。


 私服の如月は普段より一層華やいで見えた。

 淡いパステルカラーの薄いパーカー。健康そうな足のラインがわかるジャージ。日差しを避けるサンバイザー。

 なんというか、うん。皇居の周りとかによくいそうな格好だ。


 ちなみに今日もポニーテールをしており、練習に対して張り切っているのがわかる。

 その度合いが見た目からは強すぎる気もするがこれくらいの格好は女子の間では普通なのかもしれない。


 視線に気づいたのか如月が俺を見た。


「……動きやすそうな格好だな」

「はい。柳沢さんの格好はこの前のものと違うんですね」


 この前というと日曜日だろうか。確かにあの時と違って俺は動きやすい格好をしている。よく覚えてるな。俺は感心しながらその理由を言う。


「あの時は軽いジョギングだったって言っただろ。今日は少し本腰入れていく」

「もしかして私がいるからですか?」


 俺に教えてもらえると思ったのか如月の顔が輝く。

 だけどそれは違うんだな。教える技量は持ち合わせていない。


「昨日走った時、思ったより距離が長かったんだ。甘く見ているとやられそうな気がした」


 あの道を軽く走っていてもわかった。俺の体はかなり鈍っている。

 いくら休日に軽いジョギングをしていても十分なパフォーマンスを発揮できるか不安になったのだ。

 一度しっかり走って体を慣らしておかなければならない。


「そうなんですか……これは気を張らなければいけませんね。では、早速始めましょう!」

「その前に準備運動からな」

「……はい」


 顔を赤くした如月が準備運動を始めるのに合わせて俺も屈伸を開始した。


 手足をよく解した後、俺たちは走り出した。


 俺はもう勝手に走るつもりはなかった。

 だが如月が「勝手についていきますから」「もっとペースを上げていいんですよ」などと並走しながら言ってくる。

 

 だから俺は如月を置いて速度を上げた。


 最初は如月が苦手と言っていたこともあったので時折後ろを振り返ることは欠かさなかった。

 

 だが少しばかり距離は空いたもののしっかりと俺についてきている。

 これ本人が苦手だと思い込んでいるだけなんじゃないか。


 そう思った俺はさらにペースを上げた。

 風を切る感覚が気持ちいい。

 熱くなった体に程よく冷たい空気が当たることで正のサイクルを生んでいる。

 俺はインドア人間だが、やはり外に出なくては得られないものも存在すると思い直させてくれる。


 この機会を作ってくれた如月には感謝だな。

 と、俺はここで気づいた。

 いつの間にか走るのに夢中で如月の様子を確認することも忘れて走っていた。

 

 嫌な予感がして後ろを向くと——はるか彼方に如月の姿があった。


***


「……申し訳ない」


 全速力で戻って俺は謝罪した。

 はぁ、はぁ、と息切れする如月は立ち止まると呼吸を整える。


「……ふぅ。少しは加減してください」


 しかし何度か息を深く吸ったり吐いたりしているうちに冷静な思考が戻ってきたのか落ち着きを取り戻す。


「私も悪かったです。まさか柳沢さんがこんなに早いとは知らず、煽ってしまいました。ついて行けると思った私が甘かったんです」

「わかった。今はそこで休もう」


 そこはかとない罪悪感を感じた俺は休息を促すと己の行動を思い返してみる。


 正直に言おう。

 今の俺のペースはそんなに早いものではなかった。

 間違いなく陸上部の奴らの方が早いだろうし、何なら運動部であればあの速度をゆうに越えてくるのではないだろうか。

 

 ここまで考えて俺は頭を横にふる。

 俺が長距離走を得意と言ったのは別の理由がある。

 それは単純な運動神経だけでは推し量ることのできない長距離走であるがゆえのことだ。


 自分で言うのもなんだが俺はかなり忍耐強い方だと思う。 

 実際に親に言われてやんわり家を追い出されてもそれに文句一つ言わない。……いや、最初の方は言っていたかもしれない。言っても無駄だから諦めただけかもしれないし、本能的に外に出た方がいいと思っているのかもしれない。


 とにかく、だ。

 この忍耐強い点は如月にも当てはまると俺は考えている。


 そうでなかったらこんな休日に走ったりなどしないだろう。学校に残ってまで勉強したりしないだろう。


 長距離走は基礎体力と忍耐だ。


 如月は十分に戦えるスペックを備えている。

 あとはペース配分に気を付ければいいだけだ。


 如月の白いうなじが俺の目に目に留まった。

 汗が伝ってコートに吸収される。


 頑張ったことは報われて欲しい。この世の中が努力で報われる世界であって欲しい。柄にもなくそう思ってしまった。


 僭越ながら俺は如月に拙いアドバイスを伝え、今日はお開きになった。

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