たとえば、こんな話。1

第15話 僕と歓談していた那月先輩の話。


 テスト勉強を頑張った

 ご褒美という名目で、

 奏くんを遊びに誘ってみた。



「奏くん、

 テスト勉強も頑張ったことだし、

 どこか一緒に遊びに行こうか」



 それはちょうど、

 他の部員が出払っていて、

 俺と奏くんとの二人だけのときだった。



「えっ」



 突然の誘いに奏くんは

 とても戸惑っていたけれど、

 暫くしてからか細い声で言った。



「それって、部員全員でですか?」



 不安そうに俺を見上げて、

 尋ねてくる奏くんが可愛らしかった。

 きっと、まだ

 慣れきってはいないんだろうな。



「ううん。俺と二人だよ」



 そう言うと、

 奏くんは小さく笑って、頷いた。



「うん、行く!」



 幼いこどものように

 あどけない笑みを浮かべていた。


 奏くんは、素直で可愛い。

 みんなにはちょっと悪いけど、

 二人ならいいって言われたことに、

 優越感を感じてしまった。

 人見知りな奏くんが、

 自分にだけよく懐いてくれるというのは、

 存外、嬉しいものだ。



「よかった」


「あ」



 奏くんはしまったと顔をしていた。



「どうしたの?」


「すみません、いきなり

 タメ口を利いたりなんかして、

 失礼ですよね」



 奏くんはしゅんとして、肩を落としてしまう。


 だけど、全然そんなことは気にならない、

 寧ろ、嬉しい。



「そんなことないよ。

 そっちの方が話しやすいから。

 これからは、タメ口で話してよ」


「はい……じゃなくて、うん」



 奏くんは、はにかみながら

 どこか嬉しそうな顔をして、そう言った。



 結局、奏くんの希望で、

 四日の土曜日に

 俺の家で遊ぶこととなった。



「那月先輩は

 苦手なタイプってありますか?」


「うーん、そうだなぁ。

 俺は、常識のない人が苦手かな」


「確かにそれはそうだね。

 いじめをするような人は

 常識も良識もないと思う。

 常識があれば、いじめは

 最低なことだって分かるはずだから」



 身に迫る口振りだった。

 それはそうだろう、奏くんはこの間まで、

 クラスメート三名から

 嫌がらせという名の

 いじめを受けていたのだから。



「本当にねー。振られた腹いせに、

 リンチ仕掛けてくるなんて、

 下衆の極みだよ」


「??」



 奏くんが首を傾げた。


 そう言えば、この話は

 奏くんには話したことなかったけ。

 だったらやめておこうかな。

 あまり気持ちのいい話ではないし。



「ううん、何でもないよ。

 そういう人がいたら嫌だねって話」


「そうだね」



 遊ぶと言っても、

 こんな風に会話を楽しみながら、

 お菓子を

 食べたりしているだけなのだけれど。



「ふと思ったんだけど、

 もしかして、奏くんは末っ子?」


「すごい、よく分かったね!

 そうだよ、上に一人兄がいるんだ。

 親は共働きで夜遅くに帰ってくるから、

 家事が溜まっちゃって……

 お兄ちゃんはそういうの全然できないから、

 僕に回ってきて、こうなったんだよ」



 奏くん、色々と率先して

 手伝ってくれたりするし、

 よく甘えてきたりするから

 そうなのかなって思ったけど、

 本当にそうだったんだね。

 それに、両親が夜遅くまで

 帰って来ないということは、

 きっとあんまり甘えることもできなかったはずだ。

 忙しそうな両親の姿を見て、

 頑張らなくちゃって思ったんだろう。


 でも、奏くんだってまだ子どもだから、

 甘えたかったのかもしれない。 

 寂しがり屋だけど、構ってほしい性格なのだと、

 彼の言葉からそう感じた。



 そうしてお互いのことについて

 色々と話し合っていくうちに、

 気がつけば話題は恋バナになっていた。



「好きなタイプとかないの?

 彼女をつくるには必須条件だよ」



 俺の言葉に、

 奏くんは言葉を詰まらせながらも、

 つらつらと条件を並べた。



「わがままじゃなくて、

 可愛いよりも格好いいよりで、

 馬鹿じゃなくて……じゃないや。

 優しくて、格好良くて、頭が良くて、

 背は小さすぎないくらいの子かな」



 それは分かり易すぎるほど明確に、

 具体的な誰かを避けた条件だった。

 彼の言葉は叫びのようで嘆くようにも聞こえた。


 しかしそれは、

 誰も許さない核心に触れるようで、

 俺はそこに

 一歩踏み込むことができなかった。



「何それ、凛か立夏みたいじゃん。

 まさか、

 二人のうちのどっちか狙ってるの?」


「違う違う、そんなんじゃないよー」



 奏くんは両手を力一杯振り回しながらも、

 軽い口調で否定をしていた。



「え、何、立夏の方だって?

 悪いことは言わないから、

 アイツはやめておいた方がいいよ。

 本物のドルオタだから、

 付き合ってもアイラちゃん第一で命だからね。

 奏くんが傷つくだけだよ」



 今言った言葉に嘘偽りはない。


 ただ、本当にそんな心配を

 しているわけではないだけで。



「マジな顔して、

 そんなこと言わないでよ。

 本当に、違うからー」


「本当かなぁ」



 奏くんは言わないけれど、

 きっと想っている人がいるんだろう。

 胸の内で秘めなければいけない

 何か特殊な事情を抱えているようだ。


 入部してから、

 それなりに親しくなったと思ってたけれど、

 まだまだ足りないみたいだなあ。

 その恋を叶えられるなら叶えてあげたい、

 だけど、俺にできることなんて、

 きっとそんな大層なことじゃなく、

 些細な何かだけだから。

 もし、その想いが叶わぬものなら、

 いつか、その想いを

 忘れさせてあげられはしないかな。


 俺の考えは間違っているならそれでいい。

 だけどもし、 

 本当に今でも忘れられぬ人がいるなら、

 そのときは……。



 あくまで奏くんが、

 表向きは彼女をつくることだと望むなら、

 表向きの願いだけでも叶えたい。


 その為に俺は、

 奏くんの失恋の傷を癒したいと思った。


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