たとえば、こんな話。2
第16話:親睦会の運営にあたっていた明先輩の話。
六月十六日の親睦会に向けて、
二年生はレクリエーションや出し物の準備、
俺ら三年生は司会・進行の練習にとりかかっていた。
俺はあまり表舞台に立つのは苦手な方なので、
レクリエーションの進行係を担当することにして、
司会は二人に任せた。
あの二人なら、上手くやれるだろう。
立夏は外面はいいし、
那月は立夏の暴走を止められるからな。
そして、当日になったこと。
「一年生のみなさん、入学してからまだ日が浅くて、
知り合いや友人も少ないかと思われます。
そこで、本日の親睦会という場を設けました。
みなさん、楽しみながら、交流を深めましょう!
それでは早速、
最初の出し物に移らせていただきたいと思います。
速水さん、桐乃さん準備はいいですか?」
「「大丈夫です!」」
こうして、親睦会の幕が開けた。
それから順に、猛獣狩りゲーム、
○○鬼、ビンゴが行われた。
中でも○○鬼は盛り上がりを見せていた。
ゲームの概要は、司会がくじを引き、
書かれていた内容の鬼ごっこをするというわけだった。
「さあ、初めの鬼ごっこのお題は、ボール鬼です。
それでは、進行役の人に指名された生徒は
ボールを受け取って、投げてください。
当たった人は素直に認めて、
指定された場所で待機していてください。
また、一度当てられた人は戻ることはできません。
これは、鬼役と人間役との攻防戦です。
それではみなさん、楽しんでくださいね」
那月がさり気なくなのか、注意を喚起していた。
こういうのは立夏が言うよりも、効果的だろう。
俺は指定されていた条件に沿って、
生徒を十人くらい見繕って、集めた。
「攻略としては、女子は固まっている女子たちと
動きの鈍そうな男子から狙っていくといい」
「了解です!」
「はい」
「分かりました」
活発的な女子生徒だけあって、
素直で元気よく応えてくれた。
こっちはやりやすかった。
次は、男子たちだが……男子の条件に関しては、
なるべく地味で目立たなさそうな生徒を、
とのことだった。
これは少し厄介そうだ。
「男子は、自分と力量が近そうな男子を狙いつつ、
隙を見て、クラスの頭辺りを狙ってほしい」
しかし、男子は女子ほど素直でなく、
扱いが面倒だった。
「そんなことしたら、後で怖そうだし……」
「どうせ、あいつらには叶わねーし」
口々に不満を吐き出したのだ。
「そんなことばかり言ってたら、
この先の学校生活は一生、
一軍の生徒の目を気にしながら、
ビクビクして過ごすことになるぞ。
目立つからってえらいわけじゃないんだ。
それに、こういう公衆の面前で戦う方が、
相手のテリトリーでやり合うよりも、
随分楽に勝てるはずだ。
相手は遊びだと思って油断しているだろう、
その隙を突くだけでいい。
相手のプライドを砕くには、それで十分だ」
これは立夏の受け売り、というか、
これ用にもらったメモに
書いてあったことを要約したのだ。
こんなもので上手くいくのかと思いきや、
案外チョロ……上手くいきそうだった。
「そ、そうだよな。
俺らだって、やればできるんだ!」
立夏って、人を丸め込むのが上手いんだな。
それなりの付き合いだが、
立夏の恐ろしさを目の当たりにした。
「そうだよ、みんなで協力して、
鬼役の勝利を勝ち取ろう!」
「おおー!!」
さっきの女子が上手く男子たちを
誘導してくれたこともあり、
男子たちはすっかりやる気モードだ。
女子にも声をかけておいて、正解だったな。
そして女子三名を筆頭とし、
何やら作戦会議を行っていた。
「制限時間は七分です。みなさん、頑張ってください」
そうして始まったボール鬼では、
女子三名が塊になっている女子を集中攻撃し、
開始二分で残滅状態にした。
男子は弱そうな生徒から目をつけ、
クラストップの生徒と取り巻き等の中堅生徒が残る。
そこで女子たちは三名でトップ生徒を集中攻撃し、
七人のうち一人に命中した。
しかしそれ以降はなかなか当たらず、
残り三分ほどとなっていた。
男子たちはと言うと、
取り巻き連中等と個々で対戦していた。
トップから離された取り巻き連中は弱く、
次々と減り、
残り三名というところまでやってきていた。
しかし、残り時間は後二分弱。
そろそろ奇襲でも仕掛けないと、無理なレベルだ。
すると突然男子たちがしゃがんだかと思うと、
少し離れた場所にいたはずの女子三名が
取り巻き連中等めがけてボールを投げ飛ばしたのだ。
そのボールは見事的中し、
三人を一度にして倒してしまった。
それにしても、女子三名の腕力恐るべしだ。
そうして殆どの生徒が女子の作戦に
目を奪われている最中、新たな作戦が実行されていた。
しゃがんだ男子たちは、
女子の攻撃にみんなが集中している間に、
低姿勢でこっそりトップ連中に近づき、
至近距離からボールを投げた。
そして、そのボールも命中し、三名が減り、
残り四名となったが、もう相手側に勝ち目はないだろう。
取り巻き等を倒した強靱な腕力を持つ
女子三名と冴えない男子たちが
一斉に集中攻撃を仕掛けたのだから。
こうして三軍生徒たちによる快進撃は幕を閉じたが、
これによって、あの生徒たちのクラスでの
立ち位置が少しでも
改善されることだろうと考えていた。
公衆の面前で負けてしまえば、
トップやその取り巻き連中等の
メンツも丸潰れ同然だからだ。
威厳はほぼなくなるだろう。
見ていて清々しい気分になれる戦いだった。
こうして親睦会は波乱を
見せるなどして多いに盛り上がり、
いよいよ最後の出し物、メインイベントである、
フリートークタイムの時間となった。
この間は特にすることもないので、
人間観察でもして暇を潰すことにした。
知らない人よりも知人を観察する方が楽しいため、
二人を探していると、
四、五名の女子に囲まれている東雲の姿を発見した。
モテないだの、何だのと言っていたが、
それなりにモテているようだ。
そう思うと、なんだか騙されたような気持ちになった。
しかしまあ東雲の性格からして、
そういうわけではないだろう。
その証拠にほら。
「えっ!? え、えと、その……」
本人が一番驚いているようだ。
そのうえ、人見知りな東雲にとっては酷な話で、
あわあわと慌てふためきながら、
女子たちの相手をしていた。
俺も人見知りだから、他人事ではないが、
見ている分には楽しい構図だ。
しかしずっと
東雲ばかり見ていても飽きてしまう。
不意に辺りを見渡せば、
遠巻きに東雲へ視線を送る女子を見つけた。
しかし、その彼女は別段
話しかけたいわけではなさそうで、
ただ単に気になって
東雲を観察しているだけのように見えた。
そんなとき、周囲に助けを求める東雲と
彼女との視線が絡み合った。
瞬くばかりの間ではあったけれど、
東雲の表情が凍った。
しかし、東雲は瞬時に表情を作り替える。
そして、何事もなかったかのように、
またさっきまでとは打って変わり、
それなりの愛想笑いを浮かべて、
積極的に女子たちと会話するようになった。
普段の東雲からは全く想像もつかないその姿に、
俺は不信感を覚えた。
それに、束の間だけれど、
東雲が泣きそうに見えて、
胸にひっかかるものがあった。
今のは、一体何だったのだろう。
後で聞いてみるとしようか。
些細なことかもしれない、
それでもどうしても知りたいと思うほどに、
気になった。
「ふーん、なるほどね。で、収穫はあった?」
親睦会を終えて、部室にやってきた
東雲を目にするなり俺は、
さっきのことを問いただそうと声をかけた。
「東雲、さっき何人かの
女子に囲まれてたなー、やるじゃん」
と、冷やかし混じりの言葉を口にしてみた。
「そ、そうですか?」
東雲は俺に対して、
まだ警戒心を抱いているようで、常時敬語で緊張気味だ。
そういう俺も、
完全に気を許しているわけではないから、
何とも言えないが。
「うん。ところでさ、
さっき東雲を見てた女子と目合ってたけど、
あの子、知り合い?」
その問いかけをした途端、
東雲のあどけない表情が嘘くさい笑みに変わり、
彼はすっとぼけてみせた。
「色々な女子と話していたので
どの子ことだか分かりません」
その言動に、俺はなんとなくだが察した。
何かしらあった二人なのだと。
しかし、東雲は鉄壁の笑みと
敬語で隠し通すつもりだろう。
だからこそ俺は、それ以上言及することはなかった。
そう返答すると、東雲はいつものあどけない表情を戻した。
「はい、ありましたよ。
女子五人分のLINKを入手しました」
「おぉ、東雲もやるじゃんか」
しかし、東雲の表情は晴れなかった。
「まぁ、でも、……全部、
依頼とか相談目的の人なんですけどね」
いや多分それは口実で、
それを元に東雲に近づこうっていう手口なんだけれど。
東雲は純真なんだな。
しかし、面白いから事実は教えないでおこう。
「うん、ドンマイ。
まあ、現実の女と恋愛なんてしようとするからだな。
二次元なら、報われるぞ?」
冗談っぽく言ってみて、
東雲の気持ちを確認しようとした。
「そうですか……でも、やっぱり僕は
三次元の恋愛がいいです。
報われなくても、救われなくても、
それでもただ、想い続けて、いたいです」
ふとその言葉の節々に、
東雲の本心を垣間見たような気がした。
それは俺の嫌うリア充像ではなく、
心から望んだはずの想いの形だった。
だから俺は、東雲を応援したかった。
たとえ、余計なお世話だとしても。
仲間がそんな切なげに表情を歪めるくらいなら、
世界に一組のカップルが生まれることだって厭わない。
「そっかー、じゃあ恋活頑張れよ」
「……はい(泣)」
俺は自分勝手な気持ちで
東雲の想い人を探し出そうとする。
だから、東雲に勝手なことをしないでくれ、
と非難されても仕方ない。
それでも、
そんな顔をされるよりはマシだと思うから。
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