第8話 東雲奏は不運に見舞われるが、天使とも出逢う(4)
本当にこの人は
人懐っこいなぁと思っていると、
別方向から話しかけられた。
「あのさ、そろそろ
依頼内容について
話してもらってもいいかな?
今日は他の部員は休みだから、
とりあえず
今日のところはこの四人で話し合おう」
凌先輩は部長らしく、
話を仕切り始めた。
「じゃあ奏くんは、
さっき俺に話してくれた話を、
もう一度、
二人にも話してくれるかな?」
「は、はい。分かりました。
僕が教室で席に着いて、
筆箱の中身の点検をしていたんです。
そして、そこを通りかかった
生徒三人のうち一人が、
僕の鞄に足を引っかけて
転んでしまいました。
彼らは散乱した僕の荷物を拾うどころか、
こけた理由まで責任転嫁して、
僕の私物をゴミ箱に投げ入れました。
あまりにも腹が立って、
つい暴言を吐いてしまいました。
それからというもの、私物を隠されたり、
ゴミ箱に
捨てられたりするようになりました」
一応これでも話を要約したのだが、
結構長くなってしまった。
先輩たちは聞き飽きていないだろうか。
一抹の不安を抱えながら、
返答を待っていると
予想外の返答がきたのだった。
「よし、殺ろうか」
突拍子もなく、
物騒な言葉が聞こえてきた。
幻聴かな、幻聴であれ。
「おい立夏、目が据わってるぞ。
怖いから、一年生をビビらせるな。
まあ、気持ちは分からないでもないが」
佐渡先輩がフォローするが、
怖いのはそこよりもっと別の部分かな。
「そうだよ、立夏。
殺る、じゃなくて、報復だよ。
そんな物騒な言葉使っちゃダメ。
それにね、酷いことをした相手には、
それを自覚・矯正させないと
また同じようなことが起きちゃうからね」
那月先輩はいいこと
言ってるように聞こえるけど、
前半部分に物騒な言葉が
さらっと登場している。
先輩たちは、彼らのような人たちに
恨みでもあるのかな。
そう考えざるを得ない、
発言の数々だったのだ。
「あ、そうだった、そうだった。
言葉を間違えてしまったね。
ちなみにその三人っていうのは、
この紙に書いてある生徒で間違いない?」
凌先輩が手にしたのは、
昼休憩に
那月先輩に書かされたものだった。
「はい、合ってます」
据わった目をしていた凌先輩も
真面目な顔付きになり、
説明し始めてくれた。
「ありがとう。
じゃあ、話の続きをしよう。
東雲くんは風紀部に
依頼をしにきたんだよね。
それなら、この書類に
名前・依頼内容・問題解決後の
願いを記入してほしい。
あ、勿論、個人情報だから
きちんと保管しておくよ。
それと、依頼内容はいじめを止めて、
くらいで大丈夫だから」
僕の質問のおおよそは、
凌先輩が察して教えてくれたが、
あと一つだけ分からないものがある。
「あの、問題解決後の願いって、
どういう意味なんですか?」
「それはね、ある意味、
依頼理由とも言えるんだ。
たとえばこの場合だと、
どうしていじめを止めてほしいか、
彼らに何をさせたいかとかかな。
君が今後どうしたいかを
そこに書いてくれたらいいよ」
彼らにしてほしいこと、僕がしたいこと
……今まで深く考えたことはなかった。
ただ、いじめを止めてほしい、
早く終わればいい、とだけ思っていた。
いじめがなくなったときのことを
想像してみる。
すると、いくつもの
願いが溢れてきたのだ。
思いのままに、その欄を埋めていき、
それを凌先輩に手渡す。
「はい、書けました。
これでお願いします」
依頼届けに
目を通した先輩はニッと笑う。
「へぇー、東雲くんもなかなかだね。
まあ、これくらいしないとおも……
相手側も更正できないだろうしね。
それにしても、
最後の一つがえげつないなー。
東雲くんも、
優しそうな顔してエグいね」
それはどういう意味だろうか。
それに前半部分で
何か言いかけていたような……
「そんなことないですよー。
自分がしたことを償う、というよりも、
紛失させた・汚したものを
元に戻すだけじゃないですか。
被害前に戻すなんてこと、
当たり前にしかすぎませんよ。
物を借りたとしても、状態の現状維持、
若しくは、それ以上に綺麗にして返すのが
礼儀ってものでしょう?」
少し淀んだ目をして
物を言ったかもしれないが、これは本心だ。
「なるほど、そういう理屈か」
佐渡先輩は納得したように相槌を打った。
同意が得られたせいか、
僕は普段よりも饒舌になってしまう。
「それに、酷いことをして、
謝るだけで許されるなら、
こんな理不尽なことはありませんよ。
被害者だけが優しくあれ、
加害者は謝罪と反省だけあれ。
被害者は加害者を許せ、
現状維持も望むなかれ。
みたいな信条ですよね。
ただ返してほしいと
望むことすら許されないなんて、
腐ってます。
だから僕は、そんな考えを一つでも
なくすために、願うんです」
少し喋りすぎてしまったな。
こんな独り善がりな理論を聞かされても、
鬱陶しいと思わせてしまうだけだろう。
しかし、僕が考えるような
反応は返ってこなかった。
「辛かったんだね……よく頑張ったね。
もう大丈夫だよ」
と、那月先輩の手が僕の頭を撫でる。
「ホント、そうだよね。
どうして被害者の方が
我慢しなくちゃいけないんだろうね。
僕もそういうことあったから、
共感できるよ」
凌先輩がうんうんと頷き、
同意を表す。
「そうだな。
なるべく協力するから、
そう落ち込むなって」
佐渡先輩がフォローを……って違う!
そんな可哀想なものを見るような
目で僕を見ないで。
先輩たちの優しさが痛い。
「それはともかく、
これから東雲くんには
色々やってほしいことがあるんだ。
指示の通りにこなしてくれると、
計画がスムーズに進行するから、
そのつもりでよろしく」
途端に真面目な態度になり、
依頼へのやる気を見せた。
もしかして、さっきの
話の効果でもあったのだろうか。
功を成したのだとしたら、
あの話をした意味があったと言える。
「はい。こちらこそ、
よろしくお願いします」
僕は先輩たちへ敬意を示すべく、
丁寧に礼をしてみせた。
「うん、よろしく。
それじゃあ、まず、
いじめの証拠写真といじめっ子たちの
言動を録音しておいてほしい」
那月先輩のときと
デジャヴな感覚だなぁ。
「はい、了解です。あ、でも、
写真はなんとかなりそうなんですが、
録音したくても録音機材を持っていなくて
……さすがに、スマホを彼らの前で
放置するわけにもいかないので。
どうしたらいいですか?」
すると、
那月先輩が代わりに答えをくれた。
「そういや、今は使ってない
テープレコーダーがあったよね。
多分、まだ使えると思うけど、
一応点検してみよっか」
さかさかと引き出しの元へ行き、
そのテープレコーダー
というものを取り出すと、
ぱたぱたと駆け寄ってきた。
この人、
本当にわんこっぽいよなぁー。
忠犬ハチ公みたいだ。
前世は、柴犬だったのかな。
そんなくだらない
妄想を繰り広げているうちに、
那月先輩はテープレコーダーの
電源を入れていた。
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