第7話 東雲奏は不運に見舞われるが、天使とも出逢う(3)


 その後、桔花には

 用事があることを事前に伝えた。


 僕と桔花は高校生になってからも、

 時間が合うときは、

 大抵一緒に帰っている。

 それが習慣化しているのだ。

 


 そうして迎えた放課後。

 僕はホームルームが終わるなり、

 すぐさま荷物を片手に教室を飛び出した。


 今日はやけに先生が長々と

 連絡事項やら何やらを話したので、

 すっかり時間が経ってしまったのだ。



 ちなみに、一年生の教室は四階、

 二年生の教室は三階、

 三年生の教室は二階に位置する。

 中学の頃は、

 上に上がっていくのが嬉しかったけれど、

 後半になるとその辛さを体感させられた。


 案内された風紀部部室は、

 四階の西棟の突き当たりにあった。

 ひっそりと佇むそこは隠れ家さながらで、

 謎の多い風紀部にはぴったりだと思う。


 ほどなくして風紀部部室前に

 到着し、息を整える。

 礼儀正しくノックをして、

 失礼しますと一声掛けてから

 ドアを開くと……



「君、誰?」



 訝しげにこちらを見据える

 格好いい男子生徒がいた。


 え、誰この人?? 那月先輩は?



 顔は格好いいけど、

 雰囲気が冷たくて怖い。


 金髪にほど近い茶髪は、

 その引き締まった顔立ちを引き立てている。

 那月先輩とベクトルは違うけれど、

 この人は近寄りがたい雰囲気のイケメンだ。

 まさに、高嶺の花とでも言うべきか。


 人見知りで対人恐怖症気味な僕に、

 見知らぬ冷イケメンの相手は不可能だ。



「し、失礼しましたっ!」


「え? あ、ちょっ」



 言葉と同時くらいに、

 勢いよくドアを閉めた。


 なんだか、声を

 遮っちゃったような気もするが、

 気のせいだろう。

 寧ろ、気のせいであってほしい。


 しかし、僕の願いも空しく、

 閉じたはずのドアは再び開かれる。



「ちょっと待てって!」

「は、はひぃぃい」



 その荒々しい声に

 僕はガタガタと肩を震わせる。


 いきなりドア閉めたりしたから、

 怒らせてしまったのだろうか。

 そんな不安に刈られていたが。



「何か用事があってここに来たんだろ。

 もしかして、依頼?」



 ふと、

 那月先輩との会話を思い出す。



『依頼として風紀部に届けてほしいんだ』


「はい、そ、そうです」



 その問いに頷くと、

 彼は表情も変えないままで、 

 僕を中へと誘ってくれた。



「じゃあ、どうぞ入って。

 他の部員が来るまで

 待ってもらうことになるけど平気?」


「だ、だいじょぶです」



 人見知りなうえに、

 冷イケメンな先輩と

 二人きりということで、

 緊張の糸が張りつめていた。



「じゃあ、そこの一番手前の

 右の席に座ってて」


「は、はい」


「何か飲み物でも飲む?

 コーヒーと紅茶とココアならあるけど」



 僕の気を紛らわせようと 

 してくれているのかな。

 無愛想なだけでそこまで

 怖い人でもないのかもしれない。



「じゃ、

 じゃあココアをお願いします」


「りょーかい」



 え。今少しだけ、

 彼が笑ったように見えた。

 すごく自然で高校生らしい表情だった。

 すぐ元に戻ってしまったけれど。



 彼は電気ケトルでお湯を沸かすために、

 廊下へ出て行ってしまった。

 それからほどなくして彼は戻ってきた、

 もう一人の部員も引き連れて。



「こんにちはーって、あれ?

 お客さんがいるね。

 もしかして、依頼かな?」


「は、はい」



 なんかこのやりとり、デジャヴ感がある。

 あれ、と言うか、この人どっかで

 見たことあるような気がするなぁ。


 内心僕は、

 悲鳴を上げてしまいそうである。

 知らない人たちに囲まれるのって、

 圧迫感があるというか。



 その後ろで冷イケメンな彼は

 電気ケトルのスイッチを入れ、

 セットしていた。


 あ、と何か

 思い出したように急に振り返った。



「そういや、自己紹介がまだだったな。

 俺は三年の佐渡明さどあきらだ」



 佐渡先輩に便乗して、

 デジャヴな彼が軽く自己紹介を始める。



「初めまして、三年の凌立夏しのりっかです。

 この風紀部の部長を

 務めさせてもらってます」


 

 あぁ、どうりで見覚えのある顔なわけだ。

 この人に対して、

 頗る不信感を抱いてはいるが、

 一応お世話になる部活の部員なんだから、

 最低限、挨拶くらいはしておこう。



「こちらこそ、初めまして。

 東雲奏と言います。

 今日は那月先輩に

 風紀部のことを教えていただき、

 ここに来ました」



 先にこのことを言っておいた方が、

 話が早そうだと思ったのだ。


 すると、二人はきょとんとした

 表情を見せたかと思うと、

 妙に納得したように相槌を打った。



「なるほどね、

 それで一年生が依頼に来たわけか」


「まあ、大抵の生徒は

 風紀部に依頼できるなんてこと、

 知らないからねー」



 そこでタイミングを見計らったかの如き、

 那月先輩という救世主が現れた。



「こんにちはー。あ、良かった、

 奏くんも来てくれてたんだね」


「は、はい……」



 不意打ちで名前を呼ばれたせいで、

 ドキッとしてしまった。



「あ、もしかして

 名前で呼ばれるの嫌だった?

 気に障るようなら、苗字で呼ぶよ?」



 その小首を傾げる仕草が

 妙に似合っていて、反応に困った。



「いや、別に

 そういうわけじゃないんですよ。

 急に呼ばれたから、

 少し驚いてしまっただけで――」


「じゃあ、これから奏くんって呼ぶね。

 よろしく、奏くん」



「はい、那月先輩」

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