第6話 東雲奏は不運に見舞われるが、天使とも出逢う(2)


 ここからは、

 僕がされたいじめについての話。



「――で、今、その彼らからいじめを

 受けているという訳なんです。

 主に物を隠されたり、

 捨てられたりしているんですが」



 いじめの経緯と

 現在置かれている状況を軽く説明すると、

 彼は感慨深そうな顔をしてから、

 こんなことを言ってきた。



「じゃあ、いじめの証拠写真と

 その子たちの言動を録音しておいて。

 あと、君の名前と、

 その子たちの名前と

 クラスを教えてくれるかな」



 それがどうしてなのか、また、

 何に使うのかは理解できなかったが、

 彼の言葉のままに僕は口を開く。



「えと、東雲奏と言います。

 クラスは彼らも同じで一年五組です。

 名前は順に、

 白羽大和、城田邦彦、野山朔太郎です」



 すらすらと答えてみせると、 

 彼は意外そうな、

 感心したような表情を見せた。



「へぇー、すごいね。

 まだ入学してからそこまで経ってないのに、

 クラスメートの名前三人も言えるなんて。

 俺なんてまだ、

 顔と名前が一致しないよ」



 え、いやいや、

 先輩が言えって言ったのに

 そのリアクションはなんだ。


 それに、僕もただのクラスメートの

 名前ならすぐには覚えられないだろう。

 しかし、仮にも

 いじめられている相手だというなら、

 嫌でも覚えてしまうのが人の性だ。


 僕の考えが伝わったのか、

 彼はこう補足する。



「でもそっか、いじめの加害者の名前なら、

 覚えちゃうよね」


「ホントにそうなんですよ」



 僕がリラックスし始めたのも束の間、

 彼は突拍子もないことを口にした。



「じゃあ、そのいじめっこの

 名前を書いてほしいから、

 部室までついてきてくれるかな?」


「へ?」



 あまりにも

 唐突に突きつけられた誘いに、

 僕は間抜けな返事をしてしまう。


 すると彼は何かを悟ったようで、

 補足説明をしてくれた。



「あぁごめん、自己紹介がまだだったね。

 俺は、三年の羽柴那月だよ。

 風紀部の副部長をさせてもらってるんだ」



 そういう理由かと納得した僕は、

 安易に頷いた。



「そういうことなら、いいですよ」



 そうして、案内されるままに

 風紀部の部室へ足を運んだのだった。



「ここが部室だよ」



 あれ、そう言えば風紀部って、

 部活紹介で堅苦しくて

 生徒ウケの悪い

 紹介していた部活だよね。

 その実態がこれ!?



 棚に押し込まれた箱には

 それぞれ名前が記されてあり、

 中身は本・漫画・ゲームソフト・

 アイドルグッズ・化粧品・お菓子・

 食器・ココア・紅茶・

 インスタントコーヒーなど

 様々なものが並んでいた。


 しかも、

 電気ケトルまでご丁寧に。


 ある意味壮観だなぁ。


 それは、僕が抱いていたイメージとは

 あまりにもかけ離れすぎていて、

 目を疑うほどだった。



 僕の驚き方が露骨だったのか、

 彼はクスクスと笑って、

 説明してくれた。



「あぁ多分、部活紹介の

 イメージしかないから

 驚いたと思うけど、これが実際だよ。 

 まあでも、

 きちんと仕事はしてるからね。

 あ、でも、

 先生や他の生徒には内緒だよ?」



 人差し指を立てて、

 それを口元に当てる仕草が様になっていた。


 なんだか、

 ふわふわしていて愛らしいと感じる、

 先輩なのに。

 どこか、艶めかしくて。

 彼は、愛されキャラなのかもしれない。



「はい、了解です。

 あと、先輩のこと、

 なんてお呼びしたらいいですか?」



 親しみを感じるようになったとは言え、

 まだまだ関係も浅い。

 少しでも慣れるよう努めなくては!



「んーなんでもいいよ。

 でも、できれば名前で

 呼んでくれる方が嬉しいかな」



 へへっと柔い笑みを浮かべる

 先輩を見ていると、

 名字の羽柴の「柴」の部分の方が

 しっくりくることについては

 伏せておこう。

 先輩に対して失礼だし。



 頭に浮かんだ考えを

 胸の奥に押しやって、

 無難な答えを模索してみた。



「じゃ、じゃあ、那月先輩、

 とかはどうですか?」


「うん、それがいいね」



 呼び名は那月先輩に決定し、

 心の中で那月先輩のイメージは

「柴犬」が残留した。



「あ、あの、那月先輩。

 さっきの話なんですけど、

 三人の名前とクラスは

 どこに書けばいいですか?」


「そうだったね。

 今、紙とペンを出すから、

 少し待っててね」



 那月先輩は部室の奥の方へ行き、

 二ヶ所の引き出しから

 紙とペンを取り出した。

 そしてそれを、

 僕の所まで持ってきてくれて、

 促すのだ。



「ほら、ここに座って書いてね」



 僕は差し出されたペンと紙を受け取り、

 さらさらと三人の名前と

 クラスを書き記した。



「はい、書けました」


「ありがとう、これで少しは動けるよ。

 でも、君の問題を解決するには

 まだ少し足りないかな。

 もし君が本当に困っていて、

 解決したいと思っているなら、

 今日の放課後にもう一度、ここに来て。

 君が抱える問題を、

『依頼』として風紀部に届けてほしいんだ」



 途端に目の色が変わり、

 僕は唾を飲み込む。


 僕一人じゃ何もできないことは判っている。

 それに、桔花には迷惑をかけられない。



「はい、分かりました。また来ます」



 僕の返答に那月先輩は

 にこっと微笑み、こう言うのだ。



「うん。じゃあ、待ってるからね」



 それから僕が残りの休憩時間で、

 時間に追われながら

 昼食を食べたのは

 言うまでもないだろう。


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