第9話 東雲奏は不運に見舞われるが、天使とも出逢う(4)

「そういや、奏くん、

 最近よく物がなくなるらしいけど、

 誰が犯人なのかは判ってるの?」



 いきなりどうしたのだろう、

 さっきから何度も口にしたり、

 目で確認しただろうに。

 まあ一応、

 訊かれたことには答えるけども。



「はい。僕と同じクラスの、

 白羽大和・城田邦彦・

 野山朔太郎の三人です」



 何のためやらと思っていると、

 那月先輩の言葉を合図に、

 スイッチが切られた。



「はい、ありがとう。

 じゃあこれで、と」



 すると再びスイッチの入れる

 音がしたかと思うと、

 聞き覚えのある声が流れてきた。



『そういや、今は使ってない

 テープレコーダーがあったよね。

 多分、まだ使えると思うけど、

 一応点検してみよっか。


 ガラガラッ、ガンッ……

 そういや、奏くん、

 最近よく物がなくなるらしいけど、

 誰が犯人なのかは判ってるの?


 はい。

 僕と同じクラスの、

 白羽大和・城山邦彦

 ・野山朔太郎の三人です。

 はい、ありがとう。じゃあこれで』


 ぁああ、恥ずかしい。

 自分の声を再生されるのってこう、

 なんか歯がゆい感覚になる。



「へぇー、結構ちゃんと録れてる」



 佐渡先輩が感心したように言った。



「それじゃあ、

 これを東雲くんに貸し出すよ。

 だから、これをなるべく

 分からないように自分の

 鞄の中にでも仕込んでおいて」



 部長直々に許可が下り、

 那月先輩からそれを手渡された。



「え、でも、どうせ、

 また捨てられたりするんじゃ……」



 僕がそんな弱音を吐くと、

 凌先輩は続けてこうも言った。



「まあ最悪それでも構わないよ。

 古くなってたしね。

 でも、極力証拠を録音して、

 それを公衆の面前で流すまでは

 なくさないようにしてほしいんだ」


「え、それって」


「できる?」



 間髪入れず、質問を投げ込まれる。

 そのせいで、反射的に答えてしまう。



「は、はい! できます」



 凌先輩はウィンクをして、

 決め顔でこう言い放った。



「なら、任せておいて」



 凌先輩の決め顔をスルーするかのように、

 佐渡先輩が口を挟んだ。



「あー、あと、隠されたものや

 汚されたもののリストを作成しておいて。

 後々必要になるから」



 この行為は、僕の願いの為に

 必要になるのだろう。

 それくらいの手間で叶うなら、

 労力は厭わない。



「はい、了解です」



 かくして、

 僕の依頼は正式に受理され、

 彼らも動き出したのだった。



 それから数日が経った日のこと。

 いきなり知らない人に呼び止められた。



「東雲くん!」


 

 え、誰だ、この人。


 猫っ毛な茶髪でミディアムヘアに、

 目元にあるほくろが色気を出している。

 それに、体型の曲線が綺麗な人だな、 

 という印象を受けた。

 背は女子にしては大きめなくらいだが、

 僕よりもある程度低かった。



「えっと、すみません。どちら様ですか?」


「自己紹介が先だったね、ごめんごめん。

 うちは二年の桐乃萌。風紀部部員だよ!

 この前は用事があって、

 部活に出られなかったから、

 挨拶に来てみたんだ」



 え、全然そんな感じに見えない。

 なんかこう、はつらつとしていて、

 もっと別な部活に入っていそうな

 雰囲気なんだけどな。



「あ、その説はよろしくお願いします」



 なんだ、風紀部の人たちって思ったより、

 まともなんだなと思いかけたその瞬間だ。



「それと、

 柴さんを助けてくれてありがとう!

 後で、そいつ絞めておいたから、

 これからもそういうことあったら、

 すぐうちに教えて」



 あ、やっぱりまともじゃないや。

 物理的に怖い人だ。



「はい、分かりましたー。

 ちなみに、桐乃先輩は

 何か武術でも習っているんですか?」


「ああ、うん。

 これでも、空手茶帯だよ」



 こっわ。那月先輩は

 最強ボディガードをお持ちなんですね。

 この人は怒らせてはいけない、

 物理的に。



「そ、そうなんですか、お強いですね」


「うん、ありがとう。あ、そろそろ行くね。

 多分、次は凛が挨拶にくるはずだよ。

 じゃあまた風紀部で会おう!」



 そうして

 桐乃先輩は足早に去っていった。




 また明くる日。

 知らない人たちに囲まれてしまった。

 あれ、またデジャヴ……?



「君が、東雲奏くんだよね?

 初めまして、速水凛です。

 よろしく」


「えー、誰それー」


「それより、

 私たちとお話ししようよー」



 何がなんだか分からないが、

 一言だけ言えるのは、

 非常にめんどくせー。



「はぁ、そうですけど、

 速水さんは何のご用で」



 速水さんは女子に囲まれながら、

 僕に話しかけてきている。

 どういう

 神経しているのだろうか。


 イケメンフェイスを持ち、

 スレンダーな体型だ。

 短髪に切られたその髪は、

 濡れ烏の黒髪のように艶やかだった。

 制服のスラックスが

 よく映える美脚でもある。

 僕よりも背は少し低いくらいで、

 そう視線の位置は変わらなさそうだ。


 よし、勝った!


 逆に言えば、

 それ以外に勝てる場所が

 見つからなかったということだ。



「え、えっとそれは――」


「ねぇ速水くん、

 この子とどういう関係なの」


「いつから知り合いなのー」


「ねぇ、速水くーん」



 明らかに困っているようだった。


 なんだろう、

 この人たちの前では

 言えないような話なのかな。


 あー、そう言えば昨日、

 桐乃先輩が

『凛が挨拶にくるはずだよ』

 って言ってたなあ。

 なるほど、それでか。



 依頼のことに関しては、

 個人情報だから

 人前で話すわけにはいかず、

 必死に理由を

 考えているというところだろうか。


 仕方ない、周囲の女子たちが

 あらぬ誤解をしないように、

 僕の方から助け船を出すとするか。



「もしかして、

 那月先輩とお知り合いですか?」



 この言葉で分からないようなら、

 放置しよう。

 そう考えていたが、

 速水さんは感が鋭いらしい。



「ああ、そうなんだよ。

 先日は、

 柴先輩を助けてくれたんだね。

 私からも感謝を言わせてもらうよ。

 本当にありがとう」



 急遽乗っかってきたとは思えない

 言葉の流暢さに、

 僕はただ単純に

 格好いいなと思ってしまった。


 しかし、桐乃先輩といい、速水さんといい、

 那月先輩に対する思いが

 尊敬ではないように感じられた。

 那月先輩が、初対面の僕に対して

 名前で呼んでほしいと言ったのも頷ける。


 この呼び名から推測するに、

 風紀部部員の中でも、

 那月先輩のイメージは柴犬なのだろう。


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