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家に着くとパパの本棚に行って地図を取り出し、自分の部屋に入った。ママが何か言っていていたけど右の耳から左の耳に抜ける。制服のままごろんと横になって地図を広げ、昨日残したままにしてあったポテチを口にいれる。思いっきりしけっていたがかまわず食べる。柚奈が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、暇ならさぁ、ゲーム通信しようよ」
最近柚奈は村づくりゲームの通信にはまっている。通信すると他人の村に行ったり物を交換できたりするのだ。はっきり言って私はもう飽きている。
「だから勝手に入ってくるなって言ってんだろ!あたしはやらない」
「ぶー」
柚奈が出て行ってしばらくするとママが部屋に入ってきた。そのときするりと猫のシャープも一緒に入ってきた。いつものパターンだ。柚奈のやつがまたお姉ちゃんが勉強もしないでごろごろしてるって言いつけたんだろう。
「なっちゃん、そろそろ志望校見学の希望を出さなきゃいけないんだから、志望校を真剣に考えないと」
「あたし、K高校で良い」
「またそんなこと言って。なっちゃんはやればできるんだからもう少し上の高校にしたら?みんなが行くからなんてダメよ」
「・・・」
そう言われちゃうとなんにも言えないし、言う気も無い。どうでも良いことだ。
「とにかくもう受験生なんだから、勉強しなさい」
「あーい」
地図を放り出し、鞄から教科書を出して机に座る。
「なっちゃん、地図なんか持ち出してどうしたの?」
「なんでもない。勉強するから一人にして下さいー」
「はいはい。でも後でちゃんとパパの本棚に戻しておくのよ」
ママが一階に下りたのを確認してまた地図を広げる。広げた地図の上にシャープが乗ってくる。邪魔だからちょっとどいてねと小さくてやせっぽちの猫を抱き上げて自分の肩に乗せる。シャープは子猫の時にうちの庭に迷い込み、その後なんとなくいついてうちの一員になった雌の猫だ。もうすっかり大人だけど、あまり大きくならずにやせっぽちで、私はペットだからこれくらいの大きさで良いのっていう感じがとっても可愛い。ねぇシャープ、なんで私が黒チャリに抜かれたんだと思う?私の通学路がこうだから、ここで一度抜いたのにここで前を走られていたってことは・・・
おかしい。抜かれるはずが無い。なんで抜かれたんだろう。大きく遠回りすれば前に出られることもあるだろうけれど、それだと私の二倍くらいのスピードで走らないと前には出られない。私より早く走ることが出来るやつなんていないはずだ。自転車のスピードなら絶対の自信がある。くっそー、どうして今朝のようなことになったのか知りたい、知りたい、知りたーい!
翌日の朝、いつものようにママのお小言を背中に受けて私は家を飛び出した。そして昨日、あのにっくき黒チャリと出会ったところで止まって様子を見ていた。いつもすれ違ったり追い抜いたりしている連中が不思議そうにこちらを見ている。友達と待ち合わせているんだーみたいな様子を漂わせて、時々腕時計を見て遅いな~なんてつぶやいてみたりしてやりすごした。
しかしいっこうに黒チャリは現れない。これ以上ここで待っていると遅刻になってしまう時間になって、私はあきらめて学校に向かった。ちぇ、時間の無駄だったな。ますます腹立たしいと思いながら学校に着いた。自転車置き場できょろきょろするとすでに黒い自転車が数台とまっていた。今日、偶然早く来たのかそれとも朝連がある部活に入っているやつか?昨日朝連が無くて今日朝連がある部活っていうと、柔道、剣道、それとも陸上、・・・なんて考え込んでいると予鈴のチャイムが鳴った。いけない、いけない、早く教室に行かなくっちゃ。
教室に着くと、ばたばたしている私の横に悠里が来て
「またまた自転車置き場で様子が変な菜奈を目撃してしまいました」
「いったい菜奈に何が起こったのでしょう?」
いつの間にか悠里が立っているのと反対側に茜も立っていた。
「別に。なんにもないよ」
「ひょっとして、好きな子でもできたの?その子のチャリンコを探していたとか?」
悠里はそういう好きだ嫌いだっていう話題が結構好きだ。
「え!マジ!ヤダ誰なの?菜奈教えて!」
茜が話題に食いついてきた。
「そんなわけないじゃん。うちの学校の男子なんかきょーみなーし!」
そういうと悠里と茜が顔を見合せてうなずき
「そうだよね。タメの男子なんかみんなガキだもんねぇ。菜奈のことだから、チャリンコにでも恋しちゃったのかなぁ」
悠里が言うと茜が
「そーだ、そーだ、そーに違いない、チャリンコフェチの な・な」
そう言って二人は笑いながらスキップで自分たちの席に戻って行った。
「ちょっとアンタたち!」
後を追おうと思ったところで担任の中ブーが入ってきたのでしぶしぶ自分の席に着いた。
担任の中ブー(本名中山)は理科の教師で三十代半ばの独身女性教師、結構太っている。太い黒ブチの眼鏡をかけていてちょっと見はアニメおたく?みたいな感じだが、そんなに嫌いではない。というか害は無い。腰のくだけるようなくだらないギャグばっかり言っているオヤジ教師たちよりはなんぼかマシだ。起立、気を付け、お早うございます、が終わった後いつものように中ブーが
「はーい、それでは朝の読書の時間です。今から十五分、各自用意した本を読んで下さい」
と言った。みんなごそごそと用意してきた本を取り出して読みだした。授業では自分勝手なことばっかりしているみんなもこの時間は結構おとなしく本を読んでいる。私も短編小説を取り出して読みだしたが、例の黒チャリが気になって集中できなかった。くそー、どうやって正体を暴いてやろうか・・・
授業が終わった放課後、図書室で調べものがあるからと言って茜と悠里に先に帰ってもらうことにし、自転車置き場で張ることにした。しかし部活をやっているやつだとすると帰りは六時以降だから、今から自転車置き場にいてもしょうがない。特に調べものは無いのだが、言い訳に使った通りに図書室にいることにした。図書室に行くとなんか怪しい二人連れが雑誌の閲覧席でこそこそとしていたので覗き込むと茜と悠里がいた。
「何してんの?帰ったんじゃなかったの?」
「いやー、図書室で調べものなんて菜奈らしくないから、本当に彼氏でも出来たんじゃないかって悠里が言うもんだから・・・」
「ばっかみたい!」
「いや、でも本当に調べもののようですので、私たちは退散いたしますー」
と言いながら二人は図書室から出て行った。本当にもう。でも図書室に来て良かった。来てなかったら明日なんて言われていたことか・・・
図書室の窓からぼんやりと外を見てみる。もう桜はすっかり緑色の葉桜になっていて生命の勢いを感じる。今日の空はどんよりと曇っている。雲は重たそうに空を覆っていて今にもどさっと落ちてきそうだ。校庭では陸上部とテニス部が練習をしている。みんな御苦労様。どうしてそんなに一生懸命になれるんだろう。ちょっとうらやましい・・・
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