第2部 第5話 奏と沙希

 


 翌週の月曜日。奏は、これまでより1時間早く起きて、シャワーを浴び、髪をとかしてから丁寧にブローした。

 続いて、買ってきたばかりのメイク道具で教わったばかりのナチュラルメイクを施す。


 まだ外は寒いので黒タイツを履き、母親が買ってくれていてプレゼントされた、少し甘い香りのするフレグランス系のコロンを軽く振る。


 不思議なことに、これまでと比べて登校するのにかかる時間が大幅に増えたのに、そのことが全く苦痛ではなかった。むしろ、このモーニングルーティーンが、その日一日のブースターになってくれるような気がする。洗面台に写る自分の顔を見て、これまでになく奏はテンションが上がった。



 学校に登校した奏は、クラスメートとすれ違うたびに、その全員から二度見された。

 自分の意識が変わったことで、自然とふるまいも大人びる。制服のスカート姿でしゃがむときは足を揃えてしゃがむようになったし、授業の間の教室移動でも、ギリギリまで自分のクラスでだべってから廊下をバタバタ走って移動していたのが、時間に余裕をもって泰然と移動するようになった。


 もちろん、一番驚いたのは千晶とみうだ。

 月曜日の放課後、部活で奏を見た千晶とみうは立ったまま固まった。


「」


「」


「あら、ちー、みう。今日は早いわね。」

 楽器庫で楽器を準備していた奏は髪をかき上げながら二人を見上げた。


「ちょっと!ちょっとこっちに来い!睦!」

 その隣にいた睦を、またもや音楽準備室に引きずり込む。


「何を食わせた?」

「誰にですの?」

「奏に決まってるだろ!なんだ…なんつーか、奏が…すごくカワイイ。」

 少し赤面しながら千晶がいう。


「お。これはこの後、色っぽい展開が期待できるか?楽しみだっち。」

「オマエは黙ってろ」

 横にいたみうの頭を容赦なくたたく千晶。


「いったー…冗談に決まってるっちー」

 おおげさに頭を押さえるみう。


「お前がいうと冗談に聞こえねーんだよ。それはともかく、どういうことなんだ?あの奏の変わりようは。」

「私が全身プロデュースさせていただきました。」

 両手を合わせて満面の笑みで答える睦。


「まあ、本人もなんか嬉しそうだからそれはそれでいいが…あれが部員獲得につながるのか?ホントに。」

「もちろんですわ。私たちももうすぐ3年生。部員が増えるとすれば、ほぼ下級生ということになるでしょう。そのような状況下で、新入部員にアピールするとなれば、コンセプトはずばり『素敵なお姉さま』ということになるのです。」


「なるのか?」

半信半疑の表情の千晶。

「わかんないっち…まあ、むっちゃんがそう言うならそうなのかな…」

「でもよ、もしもあれで後輩の部員が獲得できるんなら、自分でやればよくね?睦。」

 そう言いながら睦の方を見た千晶は、睦が奏を羨ましそうな表情で見ているのに気付いた。


 見違えるほど変わった奏を見つめる睦。そんな睦は140センチ程度しかない身長に、相変わらずの童顔。それをさらに幼く引き立てるタレ目。そして、ぺったんこの胸に、子どもみたいな小さなお尻。


 制服が同じ制服でも、身長がかなり違う二人は、全体のバランスが全く違って見える。おそらく、奏と同じ格好をしたら、何かのコスプレか、背伸びをしている小学生みたいに見えてしまうだろう。今の奏の姿は、睦の理想、願望なのだ。


「あ…すまん。デリカシー無かったな。睦。わりい。」

 気まずそうに頭を掻きながらいう千晶に、睦は精いっぱいの笑顔で返す。


「いえいえ。世の中には『適材適所』というものがあるのですわ。ですから、奏さんにお願いしたのですから。」



 それから約2週間。奏は、取り巻きが常にいるほどの人気者になった。

 元々、男子に媚びるようなタイプではなく、誰とでもフランクに接するタイプだった奏が、いきなりオトナな魅力を手に入れたことにより、後輩に大人気となったのだ。


「カナお姉さま、こ、これ、手作りのクッキーです。食後に一緒にお茶しませんか?」

「いいわね。ティーセットが楽器庫にあるからいらっしゃい。紅茶を淹れてあげるわ。」

 学食で、取り巻きの後輩に囲まれる奏。

 ただ、その取り巻きは全て後輩の女子だ。


 睦たち3人は、その様子を遠巻きに眺めていた。

「おい。睦。」

「はい?」

「確かに、奏が後輩に慕われているな。」

「そうでしょう、そうでしょう。私の目論見どおりです。」

「いや、なんつーかな…」

 またもや頭をかく千晶。


「カナお姉さま、今度の週末、私の家で、勉強教えていただきたいのですが…2人きりで…」

「ちょっと!それ、抜け駆けっていうのよ!?」

「まあまあ、それじゃあ、みんなでうちにいらっしゃいな。」

「いいんですか!?」

 もともと世話好きな奏の性格もあって、その周りは後輩の女子の園と化している。


「何と言ったらいいのか良くはわからねーんだが、なんか方向性が違わねえか?慕われ方の。」

「ぐふふふふ。うち的にはこちらの方向性もウェルカムだっち。」

「お前はそればっかだな」



 3月も3週目に入り、今日は渡久山高校とっこうをはじめとした県内の公立高校の合格発表の日だ。上級生は学校への登校は許されているが、音を出しての活動ができないため、奏たちは部室の片付けや楽譜の整理に当たっていた。


「みうー、こないだ睦が起こした『英雄の証』の4重奏、コンビニにコピーしに行くけどなんかいるー?」

「みずくさいなー。カナ。一緒にいくっちー。」


 校舎を出た二人は、校門に向かう。昇降口のそばに立てられた掲示板で合格発表が行われているので、定期的に歓声が上がっている。


 校門の前で、秋陽しゅうよう中学校のセーラー服を着た二人の女子とすれ違う。一人は身長160センチ以上はあろうか、背が高くてちょっと大人な感じの女の子。表情も落ち着いている。もう一人は身長150センチくらいのかわいらしい女の子だが、こちらの子は顔が憔悴しきっている。


「緊張で吐きそう。」

 などといっているのが聞こえてきた。

(入試の出来に自信がないのかな。でも…親とじゃなく、友達と二人で見に来ているということは、きっと親友なのね。合格してるといいわね。二人とも。)


 もちろん、この時の沙希と奏は、まだ互いの事を知らない。二人の人生が交わるのは、もう少し先だ。

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いろいろちっちゃいJKが、いろいろおっきい同級生とオトナな先輩に翻弄される話。 猫毛玉 @Tyatorakun

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