第1部 第15話 再会

「え?」


 マウスピースを試奏できることで頭がいっぱいだった沙希は、すれ違おうとする先客の顔を見ていなかった。


「…優美…」

「沙希、それ…」


 優美は沙希が持っているホルンの楽器ケースを見て、全てを察したようだった。


「松下さん、この子のマウスピース選び、私に任せてくれない?」


 松下さんと呼ばれた女性の店員も、二人の関係を察したようで


「もちろん構いません。吉川さんの目利きなら間違いないでしょ。」


 物腰柔らかく、上品にお辞儀をすると、マウスピースが並べられた箱を防音室内に置き、カウンター内へ下がる。


 静かな防音室の中で二人は対峙した。外に音が漏れない防音室は、外からの全ての音も遮断する。何も音がしない部屋の中で、沙希は空気がキーンと鳴っているような錯覚を覚えた。

 何から話していいかわからなかったが、とりあえず、楽器を組み立てる沙希。

 優美もしばらく黙っていたが、沙希が楽器を組み立てたのを見届けると、優美の方から口を開いた。


「来たのね。沙希。吹奏楽の世界このせかいへ。」

「うん。」

「とりあえず、目的のマウスピース探し、手伝う。」

「うん、ありがと。」


 ありがと、とは言ったものの、自分の表情が感謝している顔になっているかどうか自信がない。どうしても何かを訴えるような表情になってしまう。


 吹奏楽部でずっとホルンを吹いている優美の耳はさすがに鋭い。


 沙希は、予算の範囲で、今まで使っていたそれよりずいぶん音をコントロールしやすいマウスピースを選ぶことができた。


「ありがとね、優美。」

「うん。どういたしまして。」


 形の上のお礼は言ったが、その後に言葉が続かない。


 二人で無言で歩くうち、とうとうバスターミナルの近くまで来てしまった。


「あのさ、優美」

「うん?」

「ちょっと時間あるかな。そこのカフェで話せない?」

「うん。いいよ。」


 きっと優美も、いつか話さなければならないと思っていたことがあったのだろう。二人は、バスターミナルの入っているデパートの1階のカフェに連れ立って入った。


「キャラメルモカフラペチーノをトールで。支払いSuicaで。」


 淀みない口調で優美がオーダーする。

 この手のカフェに慣れていない沙希がオーダーに手間取っていると、優美が二人用のテーブル席を確保してくれていた。


「うう…カフェラテMで、くらいなら言えると思ったのに、サイズにMがないとは…」

「あ、ここではショート、トール、グランデだもんね」

「なんなのよ…S,T,Gって選択肢…カフェラテって言ってからしばらく固まってたら、『あの…カップのサイズは?』って聞かれたから、Aカップって答えるとこだったよ…」

「そっちのカップサイズ聞かれるとか、どんなカフェなのよそれ。まあ、私はGカップだから、奇跡的に話がかみ合った可能性もあるけど。」

「またそうやって精神攻撃する…」


 その後もしばらくカフェの話をしたが、お互い、学校の話に踏み込まない。だが、それでは、わざわざ優美を引き止めた意味がない。


 なかなか話が切り出せず、沙希は親指と人差し指を擦り合わせていたが、話がふと途切れたのを機に、沙希は意を決して聞いた。


「ねえ、優美。」


 沙希の口調で、優美は何を聞かれるかが分かったようだった。急に表情が険しくなる。


 そう、たったそれだけで私の事を分かってくれるのだ。優美は。


「学校のこと?」

「うん。どうして渡久山高とっこうに来なかったの?」

「有り体に言えば、復讐のためかな。」

「復習?中学校の?」


 本当に自然に復習だと思ったのが分かったのだろう、優美は吹き出した。


「そっちの復習なわけないじゃん。リベンジのほう。」


 復讐。優美にとって最も似合わない言葉なので、沙希にはそちらの復讐には全く考えが及ばなかった。


「何に対して?」

「親。」

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