第1部 第13話 情事は宿直室にて?

 沙希が吹奏楽部に入部した、翌日の放課後。沙希は奏に呼び出されて、いつもの音楽室ではなく、宿直室に来ていた。


 滅多に使われていないのであろう。春先なのに、宿直室は空気が冷え切っている。


 何か大切な事が伝えられるのだと思い、沙希は右手の親指と人差し指を擦り合わせていた。緊張している時のいつもの癖だ。


 宿直室内の下駄箱の前でしばらく立っていると


「おまたせ〜。」


 沙希の緊張をよそに、いつもと同じ声色で宿直室に入ってくる奏。


 スクールバッグを片手に持ち、もう一方の手で後ろ手に宿直室の戸を閉める。そして、奏は内側から鍵をかけた。金属的な「カチャリ」という音が響き、沙希は体を固くする。


(え?)


 部活の練習のはずなのに、急に密室を作り上げられて戸惑う沙希。


「さ、突っ立ってないで中に入った入った。」


 奏に促されて、沙希はローファーを脱ぎ、室内に入った。


 そこは4畳半の畳が敷き詰められた部屋だった。小さなちゃぶ台があるが、部屋の隅によけられている。


「沙希ちゃん、今日はね、楽器を吹くために、一番大切なことを教えるわ。」

「は…はい。」


 そう言い終わると奏は、セーラー服のリボンをほどき、襟から抜いた。静かな宿直室に、リボンが抜ける「シュルリ」という音が響き渡る。続いて、セーラー服の脇のファスナーを開け、胸のところにあるフロント布のスナップも外し始めた。


(え…この展開ってもしかして…ここ、畳の部屋だし。さっき入り口の鍵、内側からかけていたし。楽器を吹くのに一番大切なことって…そういうこと??それを私に教えようと…)


 たじろぐ沙希をよそに、奏はセーラー服を脱いでいく。

 セーラー服から頭を抜くと、後ろ襟にかかっていた髪の毛がふわりと奏の肩に降りてきて、リンスの甘い香りが辺りに広がった。古くて殺風景な宿直室に似つかわしくない香りだ。


 奏は脱いだセーラー服を丁寧にたたむと、そばにおいてあるちゃぶ台の上に置いた。


「ほら。沙希ちゃんも。」

「は、はい。」


 あまりにそれが当然のように声を掛けられ、沙希にはそのことに疑問を挟む暇がない。一応、奏に背を向けて、壁の方を向いてから沙希もセーラー服を脱ぐ。

 奏と同じようにセーラー服をちゃぶ台の上に置くと、二着が並べられ、添い寝しているように見えた。それを見た沙希は、今からの二人を暗示しているように思えて、早くも赤面する。


 沙希は薄手の長袖Tシャツ姿に、奏はキャミソール姿となった。


 セーラー服を脱ぎ終わった奏は、次に躊躇なくスカートに手をかける。


 またもよどむことなく、腰の部分のホックを外し、その下のファスナーをおろすとスカートから手を放した。

 スカートが重力に引かれてストンと足元に落ち、奏の足の周りでドーナツのようにきれいな輪になる。


 薄いライムグリーンのショーツが見え、細くて白い足がそこから伸びていた。胸のところはキャミソールが突っ張っているのに、その下はなだらかにたるんでいて、キャミソール姿でもそのプロポーションが伺われる。床に落ちたスカートを拾い上げるときにわずかにのぞくキャミソールの隙間から、美しい曲線を描く腰のカーブが見えた。


(うわぁ…カナ先輩、足めっちゃきれい…スタイルいい…)


 沙希は奏の美しい肢体に思わず目を奪われたが、奏にだけショーツ姿をさらさせるわけにはいかないと、慌ててスカートを脱ぐ。まだ数度しか履いたことのないスカートは、要領を得ていなくて、うまくホックが外れない。


(これじゃ、が初めてで、緊張して手が震えているみたいに思われちゃうよ…いや、実際初めてだけど)


 この後の二人の事を想像し、沙希は壁の方を向いたまま切り出した。


「あ、あの…カナせんぱい。」

「なあに?」

「こ、これが終わったら、その後から、カナせんぱいのこと、おねえさまって呼んでも…いいですか?」


 奏を直視すると言えなくなってしまいそうなので、目をつぶったまま顔を真っ赤にして絞り出すように懇願する沙希。


「え?まあ、いいけど…」

(よかった…ちょっと怖いけど…相手がカナせんぱいなら…いいかも)

「ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべた沙希が振り返りながら目を開けると、奏は全身学校指定のジャージ姿だった。正直、紺色一色のジャージなので全く色っぽくはない。


「うぬぅ??」


 自分の想像したこの後の展開とまるで違い、自分でも驚くようなすっとんきょうな声を上げる沙希。


(なぜジャージ…?あ、あれか?やはり、いきなりってのはおもむきがないから、ここから徐々に互いに気持ちを高めながら脱いで行くのかな?うう。経験なさすぎて何が自然な流れなのかが分からないよ…やはり、百合モノの漫画で予習しておくべきだったのか…)


「沙希ちゃんもジャージ持ってきたわよね?」

「あ…はい。」


 昨日の帰り際に言われたとおりに持参したジャージをスクールバッグから出す。

 とりあえず奏と状態を合わせておけば無難だろうと、沙希も学校指定のジャージを着る。


「さ、そこに座って。」


 沙希が畳に正座すると、奏はその後ろに回り込み、膝立ちになって沙希に身体を寄り添わせて来た。


 服越しでもわかる、奏の胸のしっかりした感触。双丘が沙希の背中を押してきて、普段猫背の沙希の背筋が伸びる。


 何も言わずに沙希の両肩に手を乗せる奏。


「!」


 突然奏に触れられ、沙希の呼吸が荒くなる。その呼吸に合わせて沙希の小さな肩が上下した。


「まずは今の感覚を覚えておいて。」

「はい…」


「さ、次はそこに横になって。仰向けでね。」

「は、はい…」


 いよいよ始まる…沙希はキュッと目を閉じて奏に身を委ねた。


 奏の細い腕が沙希に向かって伸びてきて…お腹に触れた。

 胸でも、下腹部でもない。お腹だ。


「あの、カナセンパイ、そこ、お腹なんですけど。」

「リラックスして息を吸ってみて。」


 沙希は深呼吸した。

(やっぱり、緊張を解いてから始めるのかな?)


「沙希ちゃんも自分のお腹に触れてみて。」


 言われるままにすると、自分のお腹が呼吸に合わせて上下していた。


「違いが分かったかしら?」

「違い…?」


 まるで禅問答をしているかのような雲を掴むような問いに、沙希は戸惑った。


「座っているときは息を吸うと、肩が上下していたのに、横になると、肩は動かず、お腹が膨らむの。管楽器を吹くときは、横になっている時のように息を吸う。管楽器の演奏で一番大切な呼吸法、腹式呼吸。」


「こ、呼吸?あ、呼吸ですか。ははははは。呼吸、はい、息ですね。吹奏楽部ですもんね。呼吸。はあ。呼吸でしたか…あ、そうですね。制服で寝っ転がったらしわが寄っちゃいますもんね。ははは。ジャージ、大事です。」


 ホッとしたような、残念なような何とも言えない気持ちになる沙希だが、ギリギリ、自分の勘違いが奏には伝わっていないようで、相変わらず主張の弱い自分の胸を撫で下ろした。


(うわ〜。危なかった…私、てっきり…)


 動揺を悟られないように、再び壁の方を向きながらセーラー服に着替え直す。奏もセーラー服に着替え直すと、沙希の方を向いて、リボンを結びながら言う。


「ところで、今からは私のこと、『おねえさま』って呼んでくれるのよね?」


 奏が、この間のようにメガネのレンズの上側から沙希を見上げて、意地悪そうな笑みを浮かべる。


(ううう…バレてた…)

 それからしばらく、沙希が奏にからかわれ続けたのは言うまでもない。

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