第1部 第12話 5人目

「全然変じゃないわよ。」

「え?」

「共振って知ってる?」

「あ、なんか理科の実験で。」


 共振。確か、おもりをつけた振り子の、ヒモの長さを調節すると、遠くで鳴るお寺の鐘の音で振り子がふれたりする、あれのことだ。


「そうそれ。物って全て、固有の振動数があって、特定の高さの音に共振して一緒に震えるの。その物が離れたところにあっても。」


 ここまで話してから奏は、体を沙希の方に少し乗り出した。


 上体を傾けながら話すので、奏のセーラー服のフロント布が少し前にたるみ、その隙間から豊かな胸がチラ見えする。鎖骨から続く白い肌が、途中から急に盛り上がっていて、その奥にダークブルーのブラジャーのレースが少し見える。胸の谷間を形作るカーブが美しくて、思わず沙希は目をそらした。


 奏は沙希の視線に気づいても一向に構わず、いたずらっぽい笑みを浮かべ、眼鏡のレンズの上側から沙希を見上げて言った。


「それはJKも同じ。そのJKに合う振動数の音が外から入ってくると…カラダの中が共振しちゃう。」


「それって…」

「沙希ちゃん、昨日、お腹の底、子宮のあたりがくすぐられたでしょ?」


 急に図星を突かれて沙希は顔を赤くする。が、その赤面具合では肯定したも同然だ。


「体の内側を揺さぶられるなんて経験なかなかできないけど、音にはその力がある。」


 再度、机の上のホルンに視線を落とすと、奏は愛おしそうに楽器を撫でながら続けた。


「でも、その力を受けられるのは、楽器の音に共振した者だけ。」


 まだ練習が始まっていない音楽室は静かだ。話が止むと、外から運動部がウォームアップする体操の掛け声が聞こえてくる。


「でも、不思議なんです。今まで、学校の授業で聞いたCDでも、音楽プレイヤーで聞いた曲でもあんな風に感じたことってなくて。」

「それはそうよ。沙希ちゃんが今まで聞いてきた音楽、何が鳴ってた?」

「それは、えーっと…おーけすとら?の楽器とかピアノ?ドラム?ギターとか?」

「残念。あなたが今まで聞いてきた音楽は、全て『スピーカー』とか『イヤホン』が鳴ってたのよ。」

「あっ…」


 言われてみれば当たり前のことなのだが、そんなこと、沙希は今まで考えてみたことがなかった。


「なぜ睦の楽器があんなに大きいかわかる?それは、低い音を共振させるには、大きな共鳴体が必要だからよ。トランペットの音の高さにはトランペットの大きさがやはり必要。昨日のあなたは、を真横で、直接受け止めた。CDや音楽プレイヤーで音楽を聞く場合、どんなに元の演奏を高音質で録音しても、最終的に鳴っているのは直径わずか1cmのイヤホン。」


 新しい扉をくぐろうとする沙希を、奏がお姉さんのように後押しする。


「あなたは生まれて初めて、真横でを聞き、そして、あなたの身体がその音に選ばれた。だから、今日、こうしてここに来たのよ。人間は、音楽の女神に一度微笑まれると、その快感を何日も我慢していられるほど我慢強くない。」


 そこに、千晶と睦の声が聞こえてきた。


「だからな、オレも一週間以内には来るだろ、とは思ったけど、奏が『必ず明日来る』って、楽器庫のホルンをメンテしろって急に言い出してさー。いくら何でも昨日の今日ですぐには来ねえだろ。週末でよくね?どうせ自分の楽器もメンテするしさ」

「そうですわね。でも、いずれ入部していただけるなら楽器の準備は早い方がよろしいというのも一理。」


 談笑しながら2人が音楽室に入ってくる。


「あ」

「あら」


 勝ち誇った顔で2人を見つめる奏。


「5人目のメンバー、ホルンの仲原沙希さんです。」


 沙希を紹介するかのように、白々しく手のひらを沙希の方に差し出している奏と、ずっとニコニコしているみう。赤面したままの沙希は、4人の先輩に頭を下げた。

 千晶が頭を掻きながら言う。


「まさか本当に翌日とは…」


 睦は顔をほころばせて告げた。


渡久山高校吹奏楽部とっこうブラスへようこそ。歓迎いたしますわ。」


 優美がかつて同じように通ってきたであろう道を、沙希が歩み始める。

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