第1部 第11話 沙希と優美を繋ぐもの

 翌日の放課後。やはり音楽室へ向かった沙希は、楽器を準備しようとしていたみうに切り出した。


「あの…」

「お。沙希ちゃん。園田センセーなら今日は職員室だっち。」

「あ、園田先生じゃなくって。」


 その時、音楽室の奥側の楽器庫から、旅行で使うキャリーケースくらいの大きさの箱を抱えた奏が現れた。


「あ、あの、仁科先輩、私…」


 奏は無言のまま微笑み、沙希のそばにあった机の上にそのケースを置くと、ケースを開いた。


「あなたの楽器よ。」

「私の…?」


 その中に納まっていたのは、じょうごをものすごく大きくしたようなパーツと、なんだかものすごく複雑に金属のパイプが絡み合ったパーツだった。奏がその2つを取り出し、ねじ式になっている部分を回して2つを合わせると、巨大なカタツムリみたいな楽器が組み上がる。


「ホルン…ですね。」

「そう。ホルン。知ってた?」

「私が一番仲が良かった同級生が、中学生の時吹いていたので。」


 そう語る沙希の顔は急に暗くなった。もしかしたら、ここにいるべきだったのは私ではなく優美だったのでは。優美の代わりに渡久山高とっこうに入った私が、吹奏楽部で優美と同じ楽器を担当することになるとはどういう因縁だろうか。


 組み上がったホルンを丁寧に机に置きながら、奏は続ける。


つらいことがあったみたいね。その子と。」

「はい。」

「だからこそ、この楽器やってみない?この楽器を通して、その子のことがわかるかもしれないわよ?」

「楽器で優美のことがわかる?」


 優美のことを知らないはずの奏にそんなことを言われて沙希はいぶかしがる。


「そう。私はね、あなたが今日ここに来るってわかってたわ。だからこうやって楽器を準備してたの。」

「私はまだ楽器を吹いてもいないのに?」

「音楽は、演奏者プレイヤーだけじゃあ成立しない。それを聞く観客オーディエンスが、しかも、ちゃんと音が『とおる』観客がいないと成立しないのよ。そして、昨日のあなたは明らかに音が『通って』いた。反応を見ていたらわかるわ。」

「音が通る…。」


 沙希は昨日、自分の中で起こったことを反芻はんすうしていた。


「あの、仁科先輩、ちょっと恥ずかしいんですけど。」

「カナ、でいいわ。」


 少し逡巡しゅんじゅんしてから、沙希は思い切って言う。


「カナ先輩、昨日、4人の演奏を聴いていて、私、すごく『気持ちよかった』んです。きれいとかかっこいいってのももちろんあったんですけど、それ以上に体の中が震えて気持ち良かった。って…変ですよね…会ったばかりの先輩にいきなり気持ちよかったとか何とか…すみません…」


 昨日生まれて初めて味わった感覚が甦り、思わず奏に話したが、ほぼ初対面の奏にいきなり「体が気持ちよくなった」などと話したことに沙希は後悔を覚えた。

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