第1部 第9話 たった4人、されど4人
「さて、せっかくお客さんも来てくれたことだし、なんかやろーぜ。何にする?」
鮮やかな黄色の、A4サイズのファイルをめくりながら千晶が言う。
するとそこまで黙っていた一番右端に座っていた女生徒が口を開けた。
「せっかくだからゲストに決めてもらったらいかが?」
沙希はそちらを見るが、イスに座っている声の主の前においてある楽器が大きすぎて、声しか聞こえない。確か、テューバって楽器だ。
「沙希さん、ドラクエとFFとモンハンだったらどれがいいかしら?」
それを聞いた千晶は苦笑する。
「選択肢その3つのみかよ。ゲームに興味なかったらどうすんだ。てかお前、その3つのゲームの曲がやりたいだけだろ。」
「私はスクエニとカプコンが存在するこの日本で生まれ育ったことを、これ以上なく幸運に、かつ誇りに思ってますの。あ、あと、バンナムとセガとコーエーテクモとコナミも。」
4人のやりとりを聞いて、沙希は少し緊張がほぐれ、教卓の横においてあるイスにちょこんと腰かけた。 しかし、なんと返事をしたらいいものか。
「あら、ゲームはお嫌いだったかしら?」
「いえ、どれもやったことありますけど…じゃあ、モンハンで。」
「いーねー。モンハン。オレ太刀使いだけど、あんたは?」
「わたしガンランです。」
「いーねー。今度マルチやろうぜ。」
選択肢に突っ込んでいた割には、モンハンの話に急に食いついた千晶に、巨大な楽器越しの声の主が苦笑しながら言う。
「千晶さんもノリノリじゃないの…。あら、いけない。」
今まで見えていなかった声の主がおもむろに立ち上がり、うやうやしく自己紹介した。
「自己紹介が遅くなりました。私、二条
声の主だったのはみうよりも、おそらく沙希よりももっと背が低い女子だった。顔立ちが幼く、背の低さと相まって中学生といっても、いや、小学生といっても通用しそうな顔立ち。生来のタレ目と薄い唇で、かわいらしさがより引き立っている。毛先が内側に向いているボブヘアなのが、かろうじて高校生らしい点だろうか。
制服のスカートの端を持ち上げながら膝をわずかに曲げて
「あ、仲原沙希です。」
と、すでに睦が知っている情報を繰り返してしまった。
「あ、ちなみにコイツのお嬢っぽさはただのプレイだから気にしなくていいぞ。コイツんち、家、農家だしな。地主でも公家でもなんでもないぞ。」
「あら、あなただって家に帰ったらいつもあのイケメン兄さんに猫なで声でべったりじゃないの。」
「くっ。初対面の後輩にいらない情報を…」
「えっと、ちなみに今から何を?」
「そりゃ、ここは吹奏楽部だからな。曲演奏すんの。」
「えっと…たった4人で?」
「そ。アンサンブル。」
あんさんぶる?
「やっぱモンハンといったら英雄の証やるべきだな。」
「いいわね。沙希さんに聞かせるのにぴったりよ。」
背もたれに背中を預けて話していた4人が、イスに浅く座り直し、楽譜をパラパラめくってから楽器を構える。
改めて4人を見渡す。
ラッパを構えてるのが二人、奏さんとみうさん。ちーさんが持ってるのは確かトロンボーンって楽器だ。睦さんが持ってるのが、…というより、睦さんがしがみついているのがテューバだ。
他の3人の準備が整ったのを感じ取った奏がおもむろに口を開く。
「では、ゲーム「モンスターハンター」より、「英雄の証」テンポ90、練習番号Cの2つ前から一旦リタルダント、Cからテンポ120。テンポ出しするから。」
そこまで言い終わった瞬間に、さっきまで全員がたたえていた笑顔が一瞬で消え、奏に鋭い視線が注がれた。音楽室の空気が一変する。
視線を注いだままの残り3人が、楽器を口に当て、構えたまま頷く。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
その4つ目のカウントに合わせて上空を飛行機が飛んでいるような空気の音が鳴った。その次の瞬間、4つの楽器が一斉に鳴り出す。
「?!」
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