第1部 第6話 入学式

 正直、入学式とかどうでもよかった。ただ、早く終わってほしい。すぐに優美に電話しないと。辞退した理由を確かめなきゃ…1時間の式典がその何倍にも感じられる。


 校長の祝辞、部活の紹介、校歌など、今度しっかり聞いてあげるから今日は帰らせて!と思いながら、沙希は時が過ぎるのを待つ。


 入学式後、担任から明日以降のオリエンテーションがあり、ようやくホームルームから解放された。放課までは携帯電話の使用は禁止ということなので、沙希はチャイムが鳴り出すと席を立ち上がりながら同時に優美に電話をかける。そのあまりの速さに担任が苦笑していた。


 沙希の胸騒ぎとは裏腹に、電話はあっさりつながった。


「もしもし?もしもし優美?」

「あ、沙希?ちょっとだけ久しぶり。渡久山高とっこうはどう?」


 優美の声色があまりに今まで通りで、沙希は却って気色ばんだ。


「渡久山高はどう?じゃないよ!優美、どうして…」

「私ね、学芸院高に通うことにしたんだー。」

「学芸院高?どこにあるのそれ?」

「O県。今、学校の女子寮だよ。」


 O県は沙希の住むY県の、隣県の隣県だ。


「O県?県外?高校なのに?優美、どうして…私、優美と一緒に渡久山高に通えるって…補欠でもなんでも、また3年間一緒だって。それが何よりうれしかったのに… まさか、私を渡久山高に通すために辞退したの?私が補欠合格で、他に受けたのがあの高校だけって知ってて…」


 優美に伝えたいことが多すぎて、そして、確かめたいことも多すぎて、優美の返事も聞かずにまくしたてる。


「ふふ…まあまあ、まずは落ち着きたまえ。」


 きっと優美は、電話の向こうでいつものアヒル口をしている。それが沙希には声だけでわかった。


「いやー、危なかったわ。渡久山高の補欠合格、もう一人いたもんねー。これで私辞退して、合格したの知らない人だったら笑うに笑えないし。」

「なんで?優美が辞退しちゃったら、一緒に渡久山高通える可能性ないじゃん!」


 沙希と優美のテンションが違いすぎて、沙希はまるで自分のテンションが、二人を繋いでいる携帯電話の電波に吸い取られているように感じた。


「まあ、私は学芸院高も合格してたし、結局、渡久山高を辞退したの私だけだったみたいだから、結果オーライ。私のかわいい沙希をあの田舎ヤンキーだらけの高校に通わせるわけにはいかないからねえ。」

「そんなの!私、優美に…」

 私が渡久山高に入れても、代わりに優美が遠くで辛い思いしたんじゃあ、結局すべり止めのあの高校に私が入るのと変わらない。どちらにしてもどちらかが辛い思いをするなら、まだ、二人が近くにいた方がいいに決まっている。


 その後も、何か話したような気はするが、優美と一緒の高校に通えないという事実で沙希の頭は動きを止めていき、気づけば沙希はおろしたばかりの制服を着たまま自宅のベットで枕に顔を埋めてうつぶせになっていた。

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