第1部 第4話 死体蹴りからの甦り

 公立高校の合格発表から数日後。沙希が通っていた中学校では、公立高校入学の手続きが行われていた。合格した者は午前中に、不合格であった者は午後に登校する。お互いが顔を合わせないようにするせめてもの配慮だが、その配慮が不合格だった者にとってはかえって辛い。沙希はもちろん、不合格扱いの午後登校だ。


「補欠合格かぁ…」


 まだ望みはあるとはいえ、地域トップの渡久山とくやま高校に合格して入学を辞退することは通常では考えられない。沙希は、定員割れした高校の二次募集に応募するべく、久しぶりに中学校に登校した。


 ちょっと霞がかってはいるけれど、春の訪れが間近なのを感じられる陽気だ。そんな中、こんな気持ちで中学校の門をくぐることになるとは。


 1,2年生はまだ3学期の途中なので、校庭では普段通りに体育の授業が行われている。そのそばを、顔を見られないようにこっそり通り抜ける。


 決して運動場の方は見ずに校舎へ向かうが、バスケットボールがゴールのリングに当たる「ガン」という音がするたびに、沙希は知らない人から急に声を掛けられたかのようにビクっと立ち止まっては、また下を向いたまま歩き出した。


 もともと帰宅部の沙希は面識のある下級生がそれほどいるわけではないが、今日の午後登校の意味は下級生でも知っている。これではさらし者だ。


 教室に入ると既に数人、クラスメートがいた。が、もちろん、お互い視線を合わせず、誰も話そうとはしない。


 中学校の卒業式は合格発表の前だったので、教室の席にはもう何の学用品も残っていない。本当はどの机に着席しても構わないのだろうが、沙希は何となく、卒業前の自分の席に着席した。


 クラスメートのみんなも、この世の終わりを見てきたような顔をしている。


 そこに、いつものように白のブラウスの上にカーディガンを羽織り、下はロングスカートという典型的な学校の女性教師の恰好をした担任の智ちゃんが現れた。現れるなり、智ちゃんは教室を見渡して、すぐに沙希を見つけ、周りのクラスメートに気付かれないように手招きして教室の外へ連れ出した。


 しかし、静まり返っている教室で一人、席を立って外へ出れば気づかれないことなど不可能だ。教室の出入り口へ向かう沙希を、クラスメートの視線が怪訝そうに無言で追う。


(何?何なのよぅ。高校落ちたっていうのにこの上まだ何か?何この死体蹴り?こないだ学校帰りにおなかがすきすぎてコンビニで買った肉まん立ち食いしていたのがバレたか?だって肉まん、あったかくなるとコンビニからなくなっちゃうんだもん。食べられるうちに食べられるだけ食べておくのが肉まんへの礼儀ってもんじゃないかと以前から)


「…さん?仲原さん?」

「あ、は、はい?」

「ショックで気落ちしているのはわかるんだけど、私の話聞いてた?どうする?受けるよね?もちろん」

「あ、すみません、もう一度お願いします。」

「だからね、渡久山高とっこう、1人だけ入学辞退者が出たんだって!あなた、補欠順位1位だから、すぐに返事をすれば渡久山高校に入れるのよ?受けるよね?!時間がないの。早く返事をしないと、先方が次の順位の人に聞かないといけないらしいから」


「辞退者…?渡久山高に入れる…?」


 あの日、掲示板の前で流したのとは違う涙が頬を伝う。

「そう!今受ければ渡久高生とっこうせいよ!」


 優美と一緒に渡久高生。学校の休み時間に恋バナして、学校帰りにマックでダベって…


「受けます!もちろん!!」


 そこからの2週間は、それこそ嵐のように過ぎ去った。正式に合格した人はとっくに終わらせている制服の採寸をしたり、入学説明会に行ったり…一度不合格と言われて補欠合格で生き返った沙希は、そんな当たり前の手続きに参加できることにこの上ない喜びを感じていた。


 渡久山高校入学時に、全く予期しなかった事が起こるとは夢にも思わずに。

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