第1部 第3話 違う。そこじゃない。

 え?


 無い?そんなわけ…一瞬で沙希の思考が鈍くなっていく。何が起こっているのかわからなくなる。えっと。今、何をしているんだっけか。この数字はなんだったか。なぜ数字を探していたんだっけ。


 優美の反応から察するに固まっていたのは数秒だったのだろうが、沙希の中では数時間は思考が停止していたような気がした。


 そうだ。合格発表に優美と来ていたんだった。で、自分の受験番号だけなかったんだ。不合格…


 いや、もう一度確認してみよう。と、沙希が視線を上げると、途切れた数字の右にも別の数字があるのが目に入る。


 (あ。次の行か。そりゃそうだよね。受験番号が200やそこらで終わるわけないもんね。よかった…)


 一人で勝手に転んで一人で起き上がる沙希。心臓が空中回転している感じだ。


 (さ、私の番号はどこにあるのかな。)


 一度、大きく深呼吸をすると、沙希は改めて合格発表の番号をたどる。


「えっと…218、219、221、222…?」


 まだ状況が飲み込めていない沙希をよそに、隣にいる優美の表情は既にこわばっていた。


「沙希…」


 優美といえども、どんな言葉を掛けたらいいのか、言葉が見つからないようだ。


「えっと…えっと…」


 何度も、何度も、219の後を見るが、そこに220はない。


 どんなに仲良しでも、合格発表と失敗するかもしれない告白は友達と一緒に行ってはいけないと、なにかの雑誌に書いてあったな。そんなことを、既に20回くらい同じ箇所を見直した沙希はどこか遠くから考えていた。


「沙希!沙希ってば!」

「…落ちた。高校…」


 急に、自分の体が自分の体ではないような感覚にとらわれ、周りで合格を喜ぶ同級生達の喧騒が感覚から遠ざかっていく。


 いや、同級生じゃない。私はこの人たちの同級生にはなれないのだ。この人たちは優美の同級生だが、ではない。目を閉じているわけではないのに、目の前の風景があふれる涙でどんどんぼやけていく。肩が、両腕が、どんどん重さを増していき、私を地面に引きずり込もうとする。


「…沙希!沙希!右下!一番最後のところ!!」

「右下・・・?」


 視界が涙でぼやけ、かすんでいく中で何とか掲示板の右下を見ると、そこには「220」の数字があった。


「!…」


 しかし。その上には一度希望を与えられた沙希を、再び絶望に叩き落す文字が、4つ書いてあった。


 ―補欠合格―


 220


 308


 そこじゃない。私の番号があって欲しいのはそこじゃないのに。


「沙希…大丈夫…」


 その声は、声の主が隣にいるというのにどんどん遠ざかっていった。

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