第1部 第2話 掲示板
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都市部に住む者には信じられないかもしれないが、この規模の街では、高校の選択肢は驚くほど少ない。大学に進学したいなら、その地域の公立進学校に、高校卒業後に就職するならやはり公立の職業系の高校へ行く。私立高校は通える範囲に自分が通いたい、かつ、レベルの合う学校があればラッキー。
そして、沙希の住む渡久山市にある私立高校は、公立高校のすべり止めで受験する生徒がほとんどの、まあ、いわゆるアレな高校として知られた高校があるのみだった。
つまり、入試は事実上、公立高校の一発勝負。願書締切を前に、沙希は文字通り途方に暮れた。
(大学受験で浪人はよくあることだし、私立大学はいくつも併願できるのに、まだ中三、15歳で人生をかけた一発勝負って、どんな拷問よ…田舎恐ろしいな… )
でも、職業系高校に行くとなれば、この時点でどんな仕事に就きたいかを決めなければならない。これといった夢もない沙希にはそれはキツい。進学校にいけばとりあえずは3年間は、その決断に猶予が与えられるというのは何より魅力的だった。
問題は公立進学校のどれを受けるか。優美は当然この地域トップの進学校の
それからしばらく。沙希は優美とともに、渡久山高校の合格発表に向かっていた。両親が共働きの沙希は、合格発表に付き添ってもらえず、かといって一人で見に行くのも怖くて、一番の仲良しの優美を拝み倒して一緒に見に行くことにしたのだ。
新緑の香りと程よく暖かくて少し湿り気のある空気が混ざった独特の春の空気の匂い。この匂いは、期待と不安が入り混じる時の匂いだ。だが、今日は不安が期待を大きく上回る。
渡久山高校は地元では最難関の公立進学校だ。学校の歴史も百数十年余。渡久山高校伝統のセーラー服はそのデザインがずっと変わらず、地元の人ならすぐに
そのセーラー服を着て部活に来ている上級生を尻目に、二人は掲示板のある管理棟の横へ。
「ううう…本当に緊張で吐きそうだよコレ。若干15歳の乙女にこんなプレッシャーを与えて良いと思っているのか教育委員会…」
「いや別に教育委員会のせいじゃないでしょそれ。」
成績が学年でもトップクラスの優美はさすがに落ち着いている。入試の手ごたえも良かったのだろう。
それに引き換え、私は…入試前の模擬試験の結果では、合格の可能性は五分五分といったところ。でも、試験当日は体調も良かったし、苦手な数学の文章題以外は全く歯が立たなかったってところはなかった。はず。
だって、これ受かってなかったら、私めちゃくちゃ遠くでヤンキーだらけのあのすべり止めの高校に通うことになるんだよ…?そんな罰を、こんな小心者の私に、神様が与えるはずがない… いや、でもこないだ、神様は不公平とか思っちゃったな…
「優美は何番だっけ?受験番号。」
「私は172番だよ。沙希は?」
「私220番。」
受験当日に震えながら握りしめたおかげで、自分の写真が少し歪んでいる受験票を、再度握りしめる。校門をくぐると、すぐに人だかりができている一角が見えた。
人だかりの前にある掲示板の前で嬌声が断続的に聞こえる。ということはあの掲示板が合格発表だろう。
怖いような、早くこの恐怖から逃れたいような、言葉で言い表せない感情。前に動きたい気持ちと後ろに引き戻される気持ちが交錯する中、何とか歩を進める。
沙希の前にいた、隣の中学校の制服を来た見知らぬ女子が、嬉し泣きで顔をくしゃくしゃにしながら掲示板の前を離れて電話をかけている。空いたスペースに、二人は進み出た。
二人の視線が、掲示板を上から順番に滑り降ちる。こわばった顔で掲示板を見ていた二人だったが、しばらくして、優美が安堵の表情を浮かべながら言った。
「あ。私あった!172番!良かった…」
「あれ?優美は絶対大丈夫だったんじゃないの?」
「そんなことないよ。試験って水物だし。全問解けたわけじゃないし。それより、沙希は?」
沙希の視線が172番からさらに下へ滑り続ける。
210、211、213、215…ところどころ番号が飛んでいて、それが恐ろしいような、それでいて、飛んでいるからこそ自分の番号はありそうな気がしてドキドキする。やっぱり不合格になる人、いるんだよね。当たり前だけど…
えっと、216、217…??
そこで数字は途切れていた。
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