G戦場のアリア side H

※この物語では、ある意味グロテスクな表現が出てきます。

よく台所とかに出てくるあの黒い虫が嫌いな方はご注意ください。




「いただきます」


 誰もいない部屋でただ独り、食事への感謝を告げたその直後――視線を感じた。

 ポニーテールを揺らして振り返る。


 窓の外――違う。

 天井――違う。

 壁に貼ってある男性アイドルのポスター――はかっこいい。


 なんだ、視線の正体はこのポスターだったのか。


 しかし、この人――いや、このお方——いやいや、この神様はいつ見てもお美しい。

 栗色の髪――吸い込まれそうな瞳――笑顔――そして、黒い蝶ネクタイ――蝶ネクタイ?


 ポスターの下側のあたりからこちらを覗き込む黒光りする蝶ネクタイ――今にも飛び出してきそうな立体感を持っている。


 あれは蝶ネクタイじゃなくてゴk……いや、やめておこう。

 名前を言ってはいけないあのアレ。

 二本のツインテールを垂らしてこちらを見ている。


 落ち着け。


 目を離すな。


 種類はクロ。チャバネと違い、大型だ。


 さて、殺処分の方法だが、よく叩き潰すといったシーンがギャグ漫画とかにあったりする。

 が、そんなことは絶対にしてはいけない。


 奴は雑菌を大量に抱えている。

 もし叩き潰しなんかすれば、奴が抱えている大量の雑菌をバラまきかねない。

 軽いバイオテロだ。


 しかも奴がメスで子持ちだった場合、最後の力を振り絞って産卵に励む

 本当にやめてほしい。ここは産婦人科ではない。


 毒餌や粘着トラップも念のため仕掛けてあるが、こちらが直接手を下した方が早い。


 しのび足でキッチンへ向かい、殺虫スプレーを取りに行く。

 しかし、居間に戻るとその姿は見当たらなかった。


 まさかとは思うが、この神聖なるお方を盾にしてポスターの裏へ隠れるなど、卑劣極まりない行いはしてはいないだろうな?


 壁を叩いて大きな音を出せば、奴は出てくるだろう。

 左手を開き、思いっきり壁を突く。


 ドンッ!!


 そのとき、ポスターから声が聞こえた気がした。

「この俺様に壁ドンするなんて、お前生意気だな」と。


 あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃないんです――違う、そうじゃない。


 アイドルに見とれている間に、ポスターの裏から出てくる瞬間を見逃してしまった。


 奴はどこ行った。


 キッチンの方を向くと、奴が走っているところが見えた。

 逃がしはしない。




 キッチンの明かりをつけると、思った通り、奴はそこにいた。


 覚悟しな。


 シュー! シュー!


 奴はスプレーを恐れ、陰に隠れたようだ。

 馬鹿め、そっちは――粘着トラップが仕掛けられている方向だ。


 私がただ何も考えずにスプレーを撒いたと思ったのか?

 お前を追い込んでいたのだよ。

 これが人類と下等生物の差だ。知能が違うのだよ知能が。


 さて、粘着トラップの中は――おぉ、いたいた。

 茶色いのが一匹……。

 ……茶色だと!?


 奴は確か黒だったはず!

 くそ、一杯食わされた……。

 まさか身代わりを使うとはな。


 どこだ、どこへ行った!

 上か!


 いた!

 天井の隅に黒い点!


 ん?

 黒い点がこちらへ向かって来て――まさか! 飛んできてる!?


 ぎゃふん!


 ……はぁ……はぁ……危なかった……。

 咄嗟とっさにしゃがまなければ顔面に張り付いたところだった。


 しかし、この私に情けない声を出させたこと、そして、ここまで人間様をコケにしたこと、許さん! スプレーをくらえ!


 プシュー! シュシュ―!


 ……はぁ……はぁ……やったか。

 奴はひっくり返り、瀕死状態だ。

 人類に逆らうとこうなるのだ。わかったか。


 死骸をゴミ箱に捨て、手を洗って、食事にとりかかるとしよう。

 くそ、奴のせいでご飯が冷めてしまったではないか。


 再び手を合わせる。

 「いただきま――」


 ……。


 また視線を感じてしまった。

 やれやれ、第二ラウンドの開始だ。

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