魔物討伐(1)
森の中、歩を進める集団の影。
彼らが物々しく感じるのは、ベルトに帯剣をしているからか。
腰に差された剣がかちゃりかちゃりと音をたてる。
それが、より物々しさを引き立たせている。
ここは街の人々も日常的に通り、時に商人も通る謂わば街道。
森の中と言えど、人が歩きやすく整備された道。
彼らも苦なくここまで歩を進めてきた。
時折すれ違う商人達は、その物々しい雰囲気に一瞬身を竦ませ、会釈をしながらすれ違う。
商人達が会釈をするのは、彼らが騎士服に身を包んでいるから。
この領地に所属し、ここから程近い街の駐屯地に配属された騎士達だ。
そんな彼らがなぜ、森の中を歩き進めるのか。それは。
「止まれ」
声が発せられたのは。
踏みしめる地が、整備されたそれから、自然のままのそれに変わってしばらくしてからだった。
彼らの先頭を歩く、馬に跨った数名の男達。
さらにその先頭の男が発した。
その声を受け、その男の後ろに控えた男が片手を上げ全体を制する。
馬に乗った者は手綱を引き、馬は嘶き数歩のうちにその場に止まる。
己の足で進んでいた者も、馬の嘶きに合わせるようにして足を止めた。
先頭の男が馬から降りる。
近くに控えていた騎士に馬を任せると、男は全体へと振り向いて声を張り上げた。
「ここから先は整備されていない道なき道となる。ゆえ、馬では進めない」
彼らは男の言葉を静かに聞いている。
「ここを拠点とし、数名を残し、いよいよ森へと足を踏み入れる」
だが、と男は緊張した面持ちで背後を振り返る。
視線を向けた先は鬱蒼となる緑が見えた。
「精霊の森の程近く。そのためこの区域は、少なくとも数十年は人の手が及んでいない」
緊張が伝染する。
騎士達全体にも緊張が走ったのがわかった。
中には緊張を誤魔化すため、ごくりと喉を鳴らす者もいる。
精霊の森。名のとおり、精霊が住まう森として、人々には遥か昔から伝わっている。
高くそびえる大樹を中心とし、囲うように緑を広げる森。
それが、精霊の森だ。
遥か昔からこの国は、精霊を隣人とし共に歩んできた。
人と精霊の始まりは、人が祈りを捧げたことからだ、と言い伝えられている。
その真偽の程は時に埋もれてしまい、最早誰にもわからない。
けれども。共に歩み、この国が発展してきたのは間違いない。
皆が皆、精霊を常に目にするわけではない。
寄り添うように。そっと。静かに。精霊は人の隣で存在している。
今までも。これからも。
その存在を目にすることはない。
けれども、確かに日常の至る所で肌に感じることはある。
だから。ああ、いるのだな、と。
この国に住まう人々は思うのだ。
だから、人は精霊を隣人と呼ぶ。
だが、隠れるようにひっそりと生きる精霊も、時折気紛れに人の前へ姿を現すこともある。
そして、精霊の森ではその報告が多く上がっている。
それゆえ、いつかの時代。当時の王は、その森を精霊の森と名付けた。
同時に神聖の地と定め、荒らさぬようにと無闇やたらな人の立ち入りを禁じた。
それ以降、儀式などを除き、殆ど人の出入りはなくなった。
時折森の入口近くに、近隣に住む人々が、精霊への祈りを捧げるために足を踏み入れる程度。
そして、ここ数十年は儀式を執り行った記録はない。
ということは、少なくともその期間は、全くと言っていい程に人の手は及んでいないわけで。
「近年、この区域での魔物報告が増えている。かなりのマナ濃度だと予想される」
マナ溜まりとは、文字通りにマナの溜まり場を指す。
マナの濃度が高ければ高い程に、生き物はその地に留まれなくなる。
濃すぎるあまりに、生き物がその身に持てる許容以上のマナを体内へ取り入れてしまうから。
それが様々な障害を身体へと及ぼすために、最終的にその身体は生命活動を保てなくなってしまう。
生き物は生まれ持った魔力――オドを体内に持っている。
個々により多い少ないはあるものの、個が持つオドの保有量が、その個が体内で持てる魔力の許容値である。
オドとマナ。本質は同じ。総称して、魔力と呼ぶ。
しかし、それが。例え本質が同じものでも。同じ魔力でも。交わることがないもの。
生き物がマナ溜まりとなった、魔力濃度の高い地へと足を踏み入れてしまえば。
嫌でもマナを体内へと取り入れてしまい、たちまち許容量を超えてしまうだろう。
そして、それが生命活動を保てなくなった生き物成れの果てが――魔物、と呼ばれる。
意思なき、理性なき生き物となり、本能的に生を貪る。
ある種のマナの暴走。最早、生き物とは呼べないのかもしれない。
魔の生き物。魔物、と聞き、騎士達がざわめく。
「静かに」
男の傍に控えた男が制すれば、騎士達はすぐに口を閉ざす。
「表向きは森の区域調査だが、その実、浄化を兼ねた魔物討伐だ。心して職務にかかれ!」
「はっ」
男の言葉に騎士達が応える。
「魔法騎士を先頭に、精霊結びの者、騎士隊の順で続け。残った者は拠点の設置を」
「はっ!」
それを合図に動き始めた。
* * *
「……これは、なかなかの濃度の高さだな」
こほっと男が軽く咳き込んだ。
ここに至るまでの道中はまだ、苦なく呼吸もできた。
時折躍り出る魔物を剣で薙ぎ払いながら、森の奥地へと足を進める程に呼吸が苦しさを伴う。
先程から器官に何かがに張り付く感覚が消えない。
息を吸う度にひゅっと鳴る。時折咳き込むのは、息が詰まった反動だ。
「隊長っ!」
と、男の背後から慌てた声が追いかけてくる。
たったっと駆けてきた男は隊長に追いつくと、肩を上下させながら隣に並び歩く。
「隊長、我々よりも先に行かないでくださいッス」
彼の人懐こそうな顔が不満げで、隊長は思わず苦笑を浮かべる。
「ああ、悪い」
「ホントッスよー」
やれやれと男が肩を竦めると、にゅっと何かが顔を出した。
それにぎょっとしたのは隊長だ。
そんな隊長の反応に、男は己の首にとぐろを巻く形で姿を現したそれに気付く。
「ん、ヒョオッスか。お前もそう思う?」
ヒョオ、と呼ばれたそれは、何のこととばかりに首を傾げた。
不思議そうにこちらを見上げる小さな目が可愛いと男は思っている。
「あ、ああ、そうか……。お前と結びを得ている精霊だったな……」
ようやく思い至った隊長は、そっと安堵の息をついた。
「そうッス。ヒョオッス、いい加減慣れてくださいよ」
「とは言ってもな、その見てくれではなかなか慣れない」
ちらと隊長はもう一度その精霊を見やった。
その視線に気付いたのか、精霊の方も視線をこちらへ向けてくる。
じいと見詰めてくる様と、時折ちろと見える舌。
精霊は獣の姿を借りると教えられてきた。
そして、隊長が実際に目にしてきた今までの精霊も、犬だったり猫だったり、狐だったりと獣の姿を持っていた。
「……蛇は、獣なのか?」
ぼそと呟く。
隣を歩く男には聞こえなかったようで、蛇の頭を軽く突きながら、何やら話をしているようだ。
よくもまあ、平然と接することができるなあと隊長は内心で感心する。
「よしっ」
男のそんな声に顔を見やれば、男はこちらを向いていた。
「では、隊長。オレはそろそろ自分の仕事をしてくるッス」
わざとらしく騎士の礼をとってから、男は前の方へと駆けて行った。
ちらと隊長が前方へ視線を投じると、何やらざわざわとざわめいている。
様子を伺えば、どうやら鬱蒼と茂る緑が好き勝手に枝葉を伸ばし、その先道を遮っているようだった。
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