第3話
「無理にやらせようとしていて、返って拓ちゃんはストレスを溜めていませんか?」
チームの中から、その外側から職員の不満が噴き出した。
確かに最初、ホールに移動する前に紐を預かると拓ちゃんは苛立ち、声を張り上げた。無理やり取り上げたと受け取られたのだろうか。また、そんな彼をなだめてホールに移動させたのが強引と受け止められたのだろうか。
アスレチックに向かおうとしない彼の手を取って促し引いた。これが強引と受け止められたのだろうか。
アスレチックの障害の前で立ち続ける彼の背中を押し、越えるきっかけを作った。これも強引、無理強い?
彼は最初、何が始まるのかと、それまでの生活と違う変化に不安を感じたのかもしれない。だが、ホールに移動前に預かった紐も、部屋で職員と二人になったときに必ず彼に渡していた。毎日の同じ日課の繰り返しによって、紐をいつ手にすることができるかが理解できたから、アスレチックを自ら越えたのではないだろうか。アスレチックの後に紐を手にすることができると、彼は理解できたから障害をクリアしたのだ。
わずかな時間ではあるが、何もしない自由時間が有効に作用した成功例が作れたと言えないだろうか。
抗議の声をあげた職員は、アスレチックを越えないと紐を渡さない、交換条件に見えたのだろうか。
やることすべてが無理強い、強引に受け取られているように感じられてきてならない。それでは何もできない。
支援に対する抗議の声は、しかし、私に直接には降りかかっては来なかった。すべて寮長の木俣さんに報告された。私は、間接的に伝え聞いたのだ。
木俣さんは、職員からの抗議を一身に受け、辛抱強く話して理解を求めたと言う。
「すみません」
二人になったとき、私は頭を垂れた。すると木俣さんは、
「気にすることはないよ。拓ちゃんはよい方向に向いている。私にも分かるよ。職員の気持ちは私がすべて受け止めるから心配ない。続けなさい」
嬉しかった、涙が出るほど。
寮長には、主治医の精神科医の話しも伝えられていた。
"ストレスによる影響を考え、自由に行動させた方が良く、静かな環境、一人で過ごせる環境があればよい。観察者は必要だが、観察されている環境は作らない"
拓ちゃんは、一日の有り余る自由時間の大半を、散歩以外は一人で過ごしていた。拓ちゃんに、一人の時間をどのように過ごすかを考える力はない。
何もすることがない、自分で時間の過ごし方を考えられない場合、障がい者がその状態で長い時間置かれると、関心は自分に向くという。拓ちゃんの自傷行為は環境が作り出したもので、その環境は職員が作り出したものと言える。責任は、職員にあるのだ。
観察されている環境を作らないと言われても、支援前、拓ちゃんに職員が付きっきりだったではないのか。かなりのストレスだったと思うが。
静かな環境とは、寮内のどこに、そんな環境があると言うのか。職員が環境を整えてあげなければ、作ってあげなければ有りはしない。
強引、無理強いと言うのであれば、なぜ、早くに支援を自ら呼びかけ、計画を立てて協力を仰ぎ取り組むことをしなかったのか。
何もせずにいて、抗議の声だけをあげるなど、それこそ無責任というものだ。
しかし、事を荒立てては支援が止まってしまいかねない。職員全員の協力が不可欠なのだ。中止は、何より良い方向に向いて歩き出した拓ちゃんに多大なストレスを与えてしまいかねない。
支援を継続し、医師に正確な支援経過を報告して薬を処方してもらい、気持ちの安定を図っていくことが大切なのだ。
半年後は、ちょうど拓ちゃんの誕生月。それまでに自傷行為を軽減して、彼に落ち着いた生活を、ご両親には安心していてただきたい。
その日に向けて、支援を止めるわけにはいかない。
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