第2話
拓ちゃんへの支援計画は次のようなものにした。
チーフは私で、直接の支援に私の他、六名の職員を当てた。つまりは支援チームを作り、一週間、一日一人以上で拓ちゃんに対応できるように考えた。
彼の気持ちの変化に合わせる必要があり、対応に当たる職員が困ったときのために、私がライブに相談を受けられるようにした。私が寮にいない時や出勤していない休みの時も携帯電話で受け、電話に出られないときのためにメールも活用した。
連絡ノートを用いて、彼とのやり取りを記入してもらい、職員全員が共有できるようにした。朝の申し送り、夜勤時間帯前の夕礼にも報告、連絡をしてもらうように徹底した。チーム以外の職員にも、拓ちゃんとの生活の中でのやり取りをノートにありのままに記入してもらい、直接の支援チームとその外側の職員とが一体となって支援に当たる必要性を感じ取ってもらい、チームとして内側から見えない、気づかない部分を、チーム以外の職員が外枠にいて指摘してもらう狙いもあった。
支援に当たっては、拓ちゃんが好むアスレチックをホールに作って、怪我に注意をはらいサポートを図りながら一緒に楽しんでもらうようにした。
日課は、彼が分かりやすいように一週間、同じ時間帯に組み入れた。
ホールで遊んだあとは、職員と二人、彼の部屋で過ごす時間を作った。
午前、午後の二度、これを繰り返す。その時間になったらアスレチックで楽しみ、その後は自室で過ごす。それを毎日繰り返し、多すぎる拓ちゃんが一人で何もしないで過ごす時間を少しでも減らしていって、少しでも有意義な時間を過ごせるようにする。
人は、学生であれば学校に行き、社会人ならば何らかの仕事をして生活するのが普通だ。だが、美山園で生活する多くの利用者はそれができていない。職員が介入して、仕事に代わるもの、あるいは、学習会のようなものを一人一人に考えてあげられないと、有り余る自由時間を目的もなく過ごすだけで一日が終わっていく。
何かに取り組んでいる間は、行動障害は起こらない、起きにくいという報告もある。
確かに就寝中や食事中、何かに気持ちが向いているときの拓ちゃんは自傷行為に走らない。
自傷行為に走らないように紐を持たせているが、夢中になって紐を結んで解いてを繰り返している間は肌を傷つけることがない。
(気持ちを他に向けられたら、それが継続したら自傷が軽減できるかもしれない)
淡い期待、今は、そんな気持ちだった。でも半年後は…。
そうして初日、ホールに移動する前に、自傷を防止するために持たせている紐を彼から預かった。拓ちゃんは、不安げな表情を見せ、苛立って紐を欲しがり職員から取り返そうとした。それが叶わないと知ると落ち着きをなくして声をあげた。それをなだめてホールに降り立つと、目の前に用意されたアスレチックに呆然として、それからすぐにホールから出ようとした。引き留めずにこれで終え、自室で職員と過ごした。紐を欲しがり、それが叶うと職員に甘えてきた。職員の膝に乗り、紐と戯れ時間まで過ごした。午後も、アスレチックは拒否して自室で同じように職員の膝の上で過ごして初日は終えた。
三日目に入って、アスレチックに誘うと、ようやく四つのアスレチックに一度だけ応じてくれて、ホールから出ていった。その後は自室で過ごして午前を終えた。午後も、一度アスレチックで遊び、自室へ。
アスレチックに気持ちが向いた?ことを期に、一度から二度、二度から三度と四つの障害をクリアをする回数が、日を重ねて増えていった。
自閉症の人は、言葉を理解するより、物を目で見て理解し、判断する事に優れていると学んだ。
文字が読めるなら、伝えたいことを長い文章で説明することを避け、分かりやすく伝えたいことを簡潔に書いて本人に読んでもらう。文字が読めなければ、絵にして、写真を見せて、実際にその物を見せてなど他の方法でやり取りをすると本人に伝わりやすい。
言葉のやり取りの世の中ではあるが、相手が理解しやすい方法を考える必要があった。
例えば買い物は、言葉で伝えることも必要だが、お店の名前、買い物の品物を用紙に書いて渡すと、それを手にお店に行き、買い物を済ませて帰ってくることができる。どのお店に行くのか、何を買うのか、不安にならずにお店まで移動ができるのだ。また、お店の写真を見せる、コンビニのマークを描いて見せると理解しやすい。外食も同じで、お店を視覚でとらえると気持ちが動く。生活全般に繰り返し活用して、視覚に頼らずに言葉だけで理解ができるようになったら取り払う。
そのようにして、言葉の社会に馴染ませていくのだ。
アスレチックでそれと同じことをしてみた。マジックで大きく数字を書いた用紙を、アスレチックの最後の障害の前に何枚か床に置いて、障害を拓ちゃんが越えた後、一回クリアするごとに数字を隠す意味で裏返してみた。すると、繰り返すうちに、用紙の数字が見えるうちはホールに留まり、すべて裏返って、数字が見えない状態になると、自らホールの出入り口に向かうようになった。それまで、帰ろうと、口だけで言って解らず、指で出入り口を指し示すと理解していた。
そうして、更に繰り返し、拓ちゃんと一緒に裏返すことをして日を重ねたある日、拓ちゃんは、自分の手で用紙を一枚裏返した。拓ちゃん自ら用紙に手を伸ばし、つかんで裏返したのだ。
報告は、これに留まらない。
床に置いた用紙の分だけアスレチックをこなし、すべて用紙を裏返してから、彼自らホールを出て行くようにまでになった。
報告を聞いて嬉しくなった。
(拓ちゃん!)
思わず、私は小躍りした。着実に理解を深め、自らの行動を増やしつつあることを実感した。
ただ、彼がそんな変化を見せるようになっても、そのままもう少しホールに留まらせてアスレチックを続けさせようとは思わなかった。最初に置いた枚数の用紙の分、それでおしまい。そうする理由は、自閉症の人は変化を嫌う。特に突然の変化は、パニックを誘発させてしまう危険があった。
突然に変化に見回れたら、私だって嫌だ。学生の頃、予定になかった抜き打ちのテストを突然言われたら「ええ!?」と声を張り上げた。パニックにはならないが、ぶうたれる。
拓ちゃんの場合、頭をものに強く打ち付けるか、体への自傷が激しくなるのだ。自傷を軽減するための支援が目的を見失うわけにはいかない。避けなければならない。
こうして支援が進む中、職員の一部から反発が起きた。
「強引、無理強いではないですか?拓ちゃんが可哀想です、やめさせてください」と。
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