バイト種違い
胡瓜。
バイト種違い
「え〜っと……… 人じゃないですね」
「ええ、私雪男です」
そう、この二メートル半はあるだろう筋肉隆々の毛むくじゃらは雪男のタカシだ。
雪山で育って十数年、タカシは登山家と出会い
ヒトの存在をしり言葉を教えてもらった。
そして人の世界に興味を持ち雪山から降りてきた。
ここは雪山の麓町のコンビニ、今日はバイトをするために面接に来たのだ。
タカシはここまで来るのにとても苦労した。
電車に乗ろうとすれば
車掌に止められ
すれ違った子供にはギャン泣きされ
町の若者には
何かのイベントだと勘違いされてつき回され
なんとか身体能力を
フルに使って乗り切ってきたのだ。
「履歴書を」
タカシは背負ったミニサイズに見える実は大きい
登山リュックからこれまた小さく見える普通のサイズの封筒を取り出した。
店長は封筒を受け取ち履歴書を出す。
幾分かその手は震えているようだった。
こうして、おそらく世界初の雪男のバイト面接が始まった。
コンビニのバックルームはチープな珍妙さに包まれている。
B級映画か胡散臭いオカルト雑誌か。
ともかく、嘘のような現実(笑)だ。
タカシは自分にあったサイズの椅子がないので地べたに正座をしている。
「その、タカシって言うのは本名ですか? 」
「はい、ヒトを教えてもらった言わば親につけてもらったので間違いなく本名です」
「てことは戸籍はあr」
「ないです」
「ですよね」
「姓の雪山っていうのは? 」
「雪山に住んでるので。昔の『ヒト』は自分の身の回りの物事を姓にしたと学んだので私もその通りにさせてもらいました」
「雪男ですよね」
「はい」
タカシは堂々と答えた。
変わらず正座で姿勢良く大きく纏まっている。
タカシの後ろからノックが三回雑に鳴り響き
男が入って来る。
「店長、一レジの一円玉が切れたのですが」
「今面接中なんだ。雪男の」
男は無言で悟ったように頷いた。
「私の事でしたら気にせずにどうぞ」
「いえ、大丈夫ですよ。
『この面接』の方がよっぽど大切です。」
男に目線を移してなんとか
持ち堪えるように指示を出して
すぐに面接に戻った。
男は不自然に姿勢をピンと正して戻って行った。
店長は再度履歴書に視線を落とす。
タカシの履歴書は普通の人間よりよっぽど綺麗に書かれてる。
字は習字を何年もやっている人ようだし
付け丸はまん丸だ。
「字が綺麗ですね」
「ありがとうございます。毎日練習したので」
長所は真面目、短所は不器用。
「この短所はそうでもないと思いますよ」
「いえ、鉛筆を壊さないように握るのに
丸二日かかりましたし
直立で歩行するのも結構時間がかかりました」
直立歩行出来なかった生き物が
綺麗に正座をしている。
タカシは大真面目に
人間社会に溶け込もうとしているのだ。
「通勤時間の二時間っていうのは」
「はい、雪山から徒歩で降りてくるの
でそのくらいはかかってしまいます」
「そ、それはすごいね。
そんな遠いと遅刻とか大丈夫? 」
「その心配はありません。
麓に近い住処に引っ越しまして。
ここまでの時間も余裕を持って計測しています」
凄い努力である。
雪男にとって住処を変えるのは命がけである。
雪で隠れた地割れ地帯や雪崩などの乗り越えて
新しい住居に引っ越しても
食料の確保をできるポイント
見つけなければいけない。
生活に必要な資材を集める必要もある。
タカシはアルバイトをするために命をかけたのだ。
タカシはそんなことおくびにも出さない。
店長も気付きはしないだろう。
しかし、真面目さは伝わったようで
なるほど、と零しながら頷いた。
「志望動機はヒトとして生きる為ね」
「はい、そうです。私は雪男です。
人ではありません。
しかし、同じ霊長類だと思われますし
ヒトの言語も喋れますし、
何より同じように知能がある。
興味があるんです。
意思疎通できる生き物とあったのは初めてなので」
店長はタカシをしっかりと見上げて聞いていた。
まるで、雪男の話ではなく
人の話を聞いているように。
感情移入したのかもしれない。
かわいそうに思ったのかもしれないし
人と変わらないと思ったのかもしれない。
「そうなんだ。
君は普通の人より真面目だし
理性もあると思う。
今、人として生きれているよ」
「そうですか、ありがとうございます」
タカシは嬉しくて前のめりになって喜声をあげた。
「では、雇っていただけ」
「ごめん無理」
この日、一店のコンビニが壊滅したという。
バイト種違い 胡瓜。 @kyuuri-no-uekibachi
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