その日は晴れていたのに、昼になる頃には雨になっていた。

じめじめとした家の中、台所で男は朝からパンをつくっていた。


「パンって家でもつくれるんだ」

「う、ん。昔から我が家では蒸しパンをおやつ代わりにつくって、たん、だ。」


底の深い鍋にぎっしりとつまっているパンは、膨らむごとに、表面がスポンジのようにプツプツと穴が空いていっていた。まるでパンが鳥肌がたててるみたいだ。


「コンビニとかに売ってるパンは『工場』で『大量生産』されてるんでしょ?」

「難しい言葉、よ、く知ってるね。」

「さっきテレビでやってたもん。灰色の機械の上をおんなじ形したパンが並んで動いてるの…。えっへへえ…工場で働く人はあれ全部食べれるのかな〜。」

「あはは、パ、ン出来たよ。」

青い平たい皿の上に、男が蒸しパンを切って手のひらの大きさくらいをのせてくれた。男も私の目の前の席に座って食べ始めた。


「あ!何、してるの…」

私がパンの上にのせられたレーズンをえって皿においていると、男が声を上げた。

「だってレーズン苦手なんだよ…。なんで葡萄は瑞々しい所が良いのに、わざわざ乾燥させるんだろう…。」

「好、き嫌いは良くないよ。」




皿の上のパンが無くなる頃、外で降りしきる雨の勢いが増していた。ボツボツと雨が屋根に打ち付けて弾け飛ぶ音が頭上から聴こえていた。

そして、突然、部屋の電気がブツリと消えた。

「え!?亮太さん電気消した!?」

「違、うよ。ブレーカーが落ちたんだ。」

そして男が立ち上がった時だった。暗いはずの部屋中がビカッ!と光り、ゴオオオオンという怒った虎の威嚇の様な音が頭上から聴こえてきた。

私は思わず耳を塞いだ。2秒程立って、恐る恐る手を外す。

「…うっわぁ…!こんなに凄い雷初めてだ…!わあ!鳥肌すっっっごいたってる!!ねぇ亮太さん、今の………………………………あれ?」


私が興奮気味に目を開けると、私の目の前で、私の残したレーズンをもそもそと食べていた男が消えていた。



「おーい。お兄さんー?いるなら返事してー!」

台所にひっそりとあった懐中電灯で足元を照らしながら、私は暗い家の中を歩いた。男は突然、何処に消えてしまったのだろう…。眼の前の暗闇を見ながら、そんな疑問が湧いてくる。せっかくこんなに面白い天気なのに。


居間、押入れ、庭、トイレ…何処にも男は居なかった。

すると私は、トイレの横に入ったことの無い部屋を見つけた。

ギィと音を立てて扉を開ける。

中にはダンボールや、古びた鏡台、梯子などがあり、所謂倉庫だった。

奥に少し大きな窓があり、そこからざあざあと雨の降っている様子が見えた。


私は鏡台の後ろにある本棚に目をつけた。手元の懐中電灯で照らして、手を伸ばす。

殆どは小説で、背表紙の作者欄には太宰治と書かれた本が多かった。漫画はONE PIECEの3巻までしかなかった。

その中で、どの本も埃を被っているにも関わらず、ひとつだけそうでは無い本があった。

私はその本を手に取ろうとすると、本の間からするりと紙が溢れ、床に落ちた。それは横に長い一枚の白い封筒だった。中を開くと、女の子が映った写真が数枚入っていた。

ベリーショートで線の細い体型。学生服を着ている。此方を見てポーズを決めている写真もあれば、隠し撮りのような写真もあった。

上から1枚1枚めくってく。

最後に、学生服の男の子が映った写真があった。照れたような顔をして、写真を撮ったであろう主に向って微笑んでいる。そして、この笑い方は見覚えがあるな…と思った。


その時、また部屋が光り、ゴオオオオンと言う音が鳴り響いた。外の雨はより強さを増して、窓ガラスにもはや体当たりする様に降っていた。


「…あ、そうだ。『ぶれーかー』って確かお風呂場にあるんだったよね。じゃあ、お風呂場に行けばいいんだ…。」

私はその写真に変な違和感と疑問を残して、その場を去った。部屋を出る前に振り返って窓ガラスをみたが、ガラスを伝って流れる雨で、外の景色が見えなくなっていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る