ー10日前、僕は空き地でうずくまっていた女の子に声をかけた。


人と話すのなんて久しぶりで、舌を動かして、声を出すのさえぎごちなかったのに、子供は変な顔ひとつしないでくれた。久しぶりの会話は、楽しかった。脳の、いつもは動かしていない部分が何年ぶりに動いた気がした。


だが、それが僕の運の尽きだったのかもしれない。

色々あって、その子供が家に居着いてしまったのだ。帰れと言っても帰ろうとしてくれない。はぐらかされてしまう。

このままでは不味いことは分かっていた。もしこれがバレてしまったら、僕がか弱い子供を誘拐した悪人と思われてしまう。

けれど無理矢理にでも帰さない事には理由があった。子供は明らかにネグレクトを受けている格好で、学校にも行っておらず、家庭環境があまり良く無いようだ。普通の子供はバターをひと容器舐め尽くす程、お腹をすかせたりしないから。


それでも、早くあの子がこの家に飽きて、出ていく事を願うばかりだ。


今日は子供になにか食べさせようと思い、近くのスーパー蓬まで出掛けた。子供は居間で昼寝をして待ってると言っていた。


スーパー蓬は1キロ程先にあるスーパーだ。踏切を超えたすぐにあり、片足が悪い僕でも気軽に買い物ができる。けれど、外に出るのはなるべく最小限にしたかった。

踏切を待ってるとき、後ろで主婦ふたりの世間話が嫌でも耳に流れ込んできた。

「昨日下の子がいってたんだけどさぁ、学校にまた不審者でたんですって…。」

「知ってる知ってる。うちも聞いた。女の子触ろうとしたって。」

「何考えてるのかしら…頭おかしいんじゃない?」

「早く捕まればいいのに…。」

主婦はその後話題を教師の悪口に変えて盛り上がっていた。


ドッドッドッ、と心臓が早鐘の様に鳴り出す。だって、今世間から見れば、どんな事情があるにせよ、僕もそいつらと同じ穴のムジナなのだ。

眼の前の踏切が上がり、痛む足も気にせず、足早でスーパーに歩いた。


食品をかった後、薬売り場に向かった。子供が腹痛を訴えていたので、正露丸を籠に入れた。僕は子供の頃から朝学校に行く前にプレッシャーでよく腹痛を起こす子供で、父がこの薬を渡して休ませてくれていた事を思い出す。それとお菓子を買ったほうがいいと思ったが、色んな種類があって決められずいた。お菓子売り場に足を運んだのは中学生以来だった。

毎朝にやっている子供向けアニメの玩具のステッキに、申し訳程度に色薄なガム1枚がついてる、といった内容のものが菓子売り場にあった。これはもはやお菓子というカテゴリーに入らないだろうと思ったが、女の子はこういうので喜びそうなのでひとつ買ってみた。

家に子供がいるなんて変な気分だ。


…思ったよりも買い物をしてしまった。こんなに長いレシートを貰ったのは初めてだ。


帰り道、踏切が上がるのを待っていると隣で若い夫婦が話していた。

「あなた、最近散財しすぎよ。またバーにいってるんじゃないの?」

「違うよ、この近くにバーなんてないだろ?」

「あるじゃない。ボロいけど。」

「ああ…あのバー?言ったことないよ。酒はあるけどボロいだろ。」


「あ、ああああのッ!」

反射で僕はその夫婦に話しかけていた。

夫婦はきょとんとした顔で僕を見る。

なるべく声がうわずらない様意識して喋った。

「……その、バー……に、子供っていません、でしたか?」

夫のほうが口を開いた。

「子供?見た事は無いなあ…。この前バーのママに結婚してるか聞いたけど、自分は独身だって言ってたよ。」

「やっぱ行ってるんじゃない…。」

妻が夫の肩を小突いて睨んだ。


「…………そう、ですか。有難う御座います…。」頭を軽く下げると、俺は再び踏切の方を向いた。

どういうことだ?

バーはこの町にひとつしかなくて、あの子供は実家がバーだと言っていた。


バーのママ…彼女が言うには母親か、それともあの少女か、

…嘘をついているのは、一体どちらだろう?何故、嘘をつく必要があるのだろう…?

あの子は、一体何処から来たんだ?

じわりと背中に汗が滲む。

そう考えている夫婦はじろじろと俺の背中を不審そうに見ていた。




「あーおかえり!」

居間ではまだ子供が寝転んでいた。

「…。」

「どうしたの?」

「………いや。おか、えりって、言われるの久々だなっ、…て」

「なにそれ〜〜」

子供はそういって無邪気に僕の脇腹をつついてきた。

「あ…お、菓子と、これ。」

重たい袋を机に置き、先程買った玩具とガムのお菓子をあげた。

「え!?嘘、開けていい!?」

「、いいよ。」

子供はそれを宝物みたいに受け取り、丁寧にそろそろと箱を開けると、中にある魔法少女のステッキをとりだした。いかにもプラスチックでつくられた安物だった。

子供はそれを見て、キラキラと瞳の中を輝かせた。

「……わあ…!魔法少女だ!有難う……!」

予想以上の喜びように驚いた。

結局その日も子供は理由をつけて帰らなかったのだが、食事のときもずっとステッキを振り回して眺め、「ステッキの宝石のとこ、光に反射してキラキラするの。」と当たり前のことを呟いていた。

就寝前、電気を消す前に眠気眼で「これを大切にしてたら、いつか私も魔法少女になれるかな?」と聞いてきたので「きっとなれるよ。」と答えて、電気を消し、僕は自室に戻った。




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