炒飯
その日は、私の8歳の誕生だった。
普通ならこういう日は、私の目の前の机には8本の蝋燭のささったケーキとプレゼントが並び、両脇には歌を歌って生誕を喜んでくれる両親がいるのだろう。
けれど私は違った。
母の経営するバーの扉の外で、いつもの様に投函されている宅配や水道のチラシを漁ったり、石の下にいたダンゴムシをいじったりして遊んで、暇を潰していた。
学校には通っていなかった。
私は片親で、稼ぎは母のバーの不安定な経営が影響するからだ。
つまり私に使える金が無かった。
そして、3年前のとある日から、私の首には変な植物の根が張っりだしていた。
私は首を植物に寄生?されたらしい。
首が痛いと泣いても、母はいつか治るでしょと笑っていた。
私は学校に行かない時間の大半を、母のバーで過ごしていたが、客が来るとこうして外に出されていた。
つまり母は、私という存在を持て余していたのだ。
錆びた扉が空き、化粧で肌を塗り固めた母が顔を出した。
「まちこ、タバコ買ってきてよ。」
酒で喉の焼けた声は、まるで汚い蛙みたいだ。
「かえないよ。私"みせいねん"だもん。」
「空き地の裏の販売機、もう随分昔のだからいけるでしょ。おねがいよ、ニコチン切れて頭ガンガンするのよ。」母は眉根を精一杯さげて、いかにもつらそうな演技をした。
「………は〜い。」
タバコを買った後、バーの近くの空き地に咲いてるつくしを探した。
昨日はバーのつまみの残りのナッツと、おかゆしか食べていないから今朝からお腹が鳴りっぽなしだ。つくしは茹でて食べれると、前にバーのお客の歯が一本もないおじさんが教えてくれた。
「な、な、何してるの?」
背後から、くぐもった低い男の声が聞こえた。
黄土色のよれたスウェットを着て片手にスーパー蓬の袋を持っていた。
「お腹すいたからつくし探してるの」私は答えた。
「…う、ずくまってるからお腹痛いのかと思った。」
ぼそぼそと声がうちに籠もる様に喋る人だと思った。
呟いて去ろうとする男の袖を慌てて引っ張った。
「…おにいさんなんかごはんくれない?」
私は上目遣いで、なるべく媚びた言い方をした。
「…今、持っ、てるのは冷凍惣菜しかないか、ら…。」
男は袋から冷凍チャーハンの袋を取り出してくれたので、端を破ってざらざらとくちにほうりこんだ。
男は唖然とした表情で私を見て言った。
「え、それ冷たいでしょ!?」
「お腹の中で溶けるから一緒だよ。それよりお兄さん、私今日誕生なんだ。」
私は言う。
「それは……………お、めでとう。」
男が答える。
「なのにプレゼントくれたのはお兄さんだけだよ。お兄さんが昼だかいつかに食べようと思って買った特売シールのついたチャーハン。ひどいと思わない?」私が溜息をつくと男は何かを察したように、同情を寄せた目をした。
「それは…そうだね、ひ、どいね。」
それから私は夕方までその男と話して時間を潰した。男も予定は無いようだったし、私も予定は無かったから。
私はつくしを探したり、野良猫の溜まり場に男を連れて行ってあげたり、男の持っていたビニール袋に、草むらに隠れていたバッタを詰めてあげたりした。
男は空き地の近くに家があると言った。学生の時、ちょっとした事故で方足がうまく動かせなくなり、仕事も今はしていないらしい。歳は33。2年前亡くなった父親のお金で暮らしていて、毎日やる事といえば家の天井の木目を数えたり、畳から黄色くなった畳をほじくりとって捨てることくらいだと笑いながら話してくれた。
確かに男は、話している途中も声がうわずったり、最初に言う文字を繰り返し言ったりしていて、それは普段他人と接していない人間の声の出し方であった。
私が今まで接してきた男性は、全て母のバーに訪れるお客で、どれも酒と煙草臭かったし、皆母が出す色気ある仕草に目をとろんとさせて喜んでいる様なやつばかりだった。
だから私はこの男と接して、すこし変ではあるが、こんな冬の木漏れ日の様に穏やかな空気を纏った男性が居たのだと、驚いた。
「お兄さんさ…。」
「お、にいさんは、やめない?僕、もうお兄さんなんて年齢じゃないし…。」
「…じゃあ、名前教えてよ。」
「…ふ、深町亮太。」
男は少し躊躇って、名前を言った。
「じゃあ亮太さんね。」
私は微笑みを返した。
もっと話をしたかったが、私は母に怒られるからと大人が夢中の"煙草"を買って帰った。
それから男とは空き地で数回話した。
男も普段一人でいるのが寂しいのか、空き地でうろうろしていたり、又、私を見つけるとにこりと嬉しそうな顔をしていたのを、私は知っている。
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