深町まちこの話

@rararararara

私がまだ暇さえあれば無邪気に家中を駆け回っていた程幼い頃、学校行事で余った何かの植物の『種』を持って帰った。

私はそれを持て余し、家の軒下に放り投げて捨てた事があった。


5年務めた仕事を辞め、実家に戻り、なにとなく軒下を覗くと、沢山の、青々しい葉っぱが生い茂っていた。生い茂るというよりも、軒下で沢山の蔦が絡み合い、葉がその隙間を埋め尽くしていたのだ。


予想もしなかったが、それは元は私が投げ捨てたあの『種』が成長した姿だった。自分の知らない間に…私があれから、日々食事をしている間も、親に叱られている間も、背丈を気にして悩んでる間も、軒下で誰にも忘れ去られていたあの種が少しづつ、少しずつ茎を伸ばし、葉を増やし、粛々と成長していたと思うと、生き物の生命力に関心すると共に、背筋がゾッとする思いがした。


 「これ、回覧板です。」

久々に実家に帰省した私は、玄関の回覧板に気づき、暇潰しがてら隣人に渡しにきていた。

私が回覧板を手渡すと、隣人の男は雑草の様に伸びた髭を生やす顔を俯け、おどおどとした仕草で受け取った。

きっと、見知らぬ顔に驚いているんだろう。

「隣の家の向井の息子です。5年ぶりに、少し実家に戻ってきたんです。この町には普段住んではいませんから知らなくて当然ですよ。」

にこりと愛想笑いを貼り付ける。男が何か口を開こうとしたその時の事だつた。奥の部屋から16歳程の女の子が顔を見せ、そして大声を上げた。

「…お願い助けて!私この男に誘拐されたの!」

思春期の女の子特有の、耳にキンと響く、甲高い声でそう、叫んだのだ。




〈次のニュースです。

昨日午後、誘拐、監禁されていたとされる女性が警察に保護されました。女性は以前住んでいた家から数キロ離れた住宅で容疑者(深町 亮太43歳)の自宅に10年間監禁されており、体に目立った外傷等はないとされています。女性は8歳の時容疑者に誘拐されましたが、学校等に通っておらず、又、失踪届が提出されていなかった為、発見が遅れていたと推測されています。

警察では現在、詳しい事情を調べているとの事です。



……追加の情報です。

保護された春雨まち子さん(18)は首の付け根をハナナブに寄生されており、これは誘拐以前からのものと思われます。

…それでは、次のニュースです。上野のパンダが………〉



思いもよらない形で新聞の一面を飾る事件と関わることになり、被害者・春雨まちこの第一発見者となってしまった私は、通報した後、ただの隣人だというのに数日に渡り警察に赴き話を聞かれた。そして今、私の隣には事件当事者の春雨まちこが歩いている。


まちこの母親はまちこが監禁されている間に食中毒で亡くなっている。身寄りの無い春雨まちこは、第一発見者である私に自分を引き取って欲しいといったそうだ。それは彼女が短期間お世話になったカウンセラー伝いに聞いた話で、頼まれたら断る事のできない性分の私は、かくして彼女の保護者になった。


彼女の首には包帯が巻かれている。幼少期、首にハナナブという寄生植物に寄生されており、首全体に根が広がっていたそうだ。本当なら寄生されたら直ぐに手術を受けなければいけないものだ。昔聞いた話では寄生植物に人間が寄生されると、根が伸びる度、全神経を握りつぶされる様な痛みが全身に走るらしい。誘拐犯の深町は、彼女に対し身体に傷を負わすなどの行為は一切していなかったらしいが、痛みで泣く彼女と同じ家で過ごしながら、それを放っておいたのだとしたら、彼を軽蔑する他ならない。


「散歩も飽きたね。お腹もすく時間だし、近くの喫茶店でも寄ろうか。」

「……。」

彼女はあれから一言も喋らない。

事件のショックが大きいだろうから、彼女が口を開くまで、めげず話しかけて欲しいとカウンセラーは言っていた。

「……こんな小さな錆びた町だけどさ、レトロでお洒落な喫茶店があるんだ。」

「……。」

「味は僕が保証するよ。学生時代よく通ったから、おじさん常連なんだよ。」

「……。」


だからいくら無視されようと、私は彼女に話しかける。昔から、何か頼まれたらその通りにしなければ不安で仕方なくなる。私が精神を病み、会社をやめる羽目になったのも、この悲しい性分のせいだった。



喫茶・ルンダの席に付いた。彼女はと言うと、マネキンの様に静かに向かいの席に鎮座している。

「何頼む?メロンソーダやパフェ…お昼食べてないだろうからオムライスとかがいいかな。」

「……。」

「オムライスひとつと、ウインナ・コーヒーひとつください。」

「かしこまりました。」

ウェイトレスがにこりと微笑む。


 彼女は目の前のオムライスを珍しい生き物を見たように凝視している。

「…オムライス嫌い?」コーヒーとクリームをかき混ぜながら聞いた。

その時、彼女の口がぱく、と開いた。



「…すき。」

2度目に聞いた彼女の声は、あの時とは打って変わって、少し掠れた可愛らしい声だった。

「あの人が、よくつくってくれたから。」彼女が言った。


「…あの人?」

「深町亮太。」


彼女はオムライスをひとくち口に運び、咀嚼している。

この子はあの誘拐犯に、愛着があるのだろうか。


「…君は深町亮太に愛着が湧いてるかもしれない。でも彼は悪い人なんだ。君が彼に暴行を受けていなかったとしても…。

君を両親から奪い、10年もの間外の世界から断絶した。

10年間の得られる経験を搾取した。恐らく、己の寂しさの為に。今は実感が湧かないかもしれないけど、少しずつ、毒が抜けてくみたいに彼の可笑しさに気づいて、君は憎悪するようになると思う。現に君は事件のショック、で喋れなかったし…」


「私、誘拐されてない。」彼女は皿の上の黄色いオムライスにスプーンを埋め、そう言った。





……。

「何言ってるんだ?」


「お兄さん、良い人そうだから話してあげる。


誘拐犯と被害者の少女の話じゃなくて、『深町亮太』と『深町まちこ』の話。」



それから、彼女は


ぽつり

ぽつりと、


事件の真相を話し始めた。



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