第63話 願いと悲しみを

「近付きすぎるな! 魔法が使えるものは遠距離から! 近接戦闘しか出来ない者は、竜の背に乗れ! 無理はするな。いいか、これは生きる為の戦いだ!」


 魔法で拡声されたバドスの指示が朗々と響く。


「歩兵第三小隊、下がれええ!」


 巨大モンスターの右手が振り下ろされ始めたが、バドスの指示が先に通っている。モンスターの手は、誰もいない大地を叩き、陥没させた。


「魔法第一小隊! あの手を狙って撃て!」


 竜族のブレスが、魔族と人間の魔法が一斉に放たれ、モンスターの手を吹き飛ばした。


「隊に所属させなかったものは、各々好きに動け! 地上大隊! 地震に備えろ!」


 モンスターの蛇の下半身が地面を打ちすえ、地震を起こした。揺れに足を取られ、皆の動きが止まる中。


「おおああああああああああっ!」


 飛竜の背に乗るシグルズが、大剣を渾身の力で蛇の下半身へ振り下ろした。直径二メートルはあるかと思われる尾が、叩き斬られて跳ね飛ぶ。切断された巨大な尾は、地面で待ち構えていた全身岩のような肉体を持つ男が、素手で受け止めた。マジか。っていうか、あの人もしかして、『歩く要塞』のハンクスさん? 吟遊詩人の英雄譚に出てくる本物の英雄じゃない。

 ハンクスが受け止めて投げ飛ばした尾を、今度はフィンさんの魔法が襲う。


「アルゲオ・アルブム」


 白く凍てついた尾へ、追撃の魔法への干渉。


「ワスターレ!」

「ガオオオオオオッ!」


 尾を粉砕されたモンスターが、鼓膜の破れそうな声で吠える。


「来るぞ。魔法第二小隊、中央上部に障壁展開!」


 魔族と人間の魔法使いが、大規模な障壁を展開させる。傾いだ巨体を片手で支え、肩口の蛇が、一斉に口を開けた。

 ドドドドドドドドッ! 蛇たちの吐いたブレスは障壁に着弾した。


「魔法第三小隊、障壁用意! 魔法第一小隊、攻撃魔法準備。魔法第二小隊、第三の障壁発動後、障壁用意」


 兵士の数が集まったとはいえ、寄せ集めだ。連携を取るのは容易でないはずだけど。バドスは急造ながら部隊編成を済ませていたらしい。一糸乱れぬとはいかないけれど、それなりに統率の取れた動きを見せている。

 しかもバドスの指示は、全てモンスターの動きよりも先に飛ぶ。


「はっはあ! 人間たちに遅れをとるなよぉ! 気張れ、お前ら!」


 飛竜の上から赤毛に赤い甲冑、ジェド王が魔族を鼓舞しながら、自身も刃を振るい蛇の頭を斬り落とす。応えるように、飛竜たちは縦横無尽に空を駆け、背に乗る魔族が蛇の頭を斬っていく。


 私は隣に立つカイくんを見た。視線で互いに準備は出来ていると伝え合う。目の前には、練り上げた闇の魔力と光の魔力が織り成す、精緻で美しい模様が展開されていた。放たれる前から溢れる魔力に、周囲の空気が震えている。

 側にいたメイちゃんとゲルパさんが静かに離れる。ラクシアさんが、サイくんの手を取って同じように離れてくれた。モンスターの周りに飛んでいた飛竜も、足元の人間と魔族も、潮が引くように距離を取っていく。


 膨大なマナが集まり、呪文によって魔法が世界へ発現するのを待っている。呪文はよほど的外れでなければ何でもいい。白銀の剣と漆黒の剣を天に突き上げ、二人で決めていた呪文を唱えた。


「「運命なんかに負けてやらない!」」


 光と闇が螺旋を描いてモンスターを包み、巨大な柱が吹き上がった。魔法の柱として具現化したマナは、空気中に放出され、世界へ還元される。巨大なモンスターは消失し、ガコンと大きな音を立てて魔石が転がった。

 

「これで、モンスターはクリア!」


 魔力切れによる、目眩と倦怠感に苛まれるけど、気合いで無視する。残る問題はマナの枯渇だ。


「皆、聞いて!」


 足を踏ん張り、お腹の底から声を出す。メイちゃんとゲルパさんが、魔法で私の声を届けてくれている筈だから、本当は大声を出さなくてもいい。それでも私は出来る限り声を張った。


「皆の願いを私に預けて! どんな些細なものでもいい。大切な人の笑顔が見られますように、でも、明日は晴れますように、だっていいから!」


 元賢者と世界樹のもとで見た夢。剣の記憶。身体中から何かが抜けて、マナへ還っていった、あの記憶。


「また変わりない明日を続ける為に。泣いたり笑ったりする為に。当たり前の事が出来るように、願って!」


 今まで訪れた町の人から託された願い。出会った人たちの願いが、私の中にある。けれど、それだけじゃ足りないから。


「悲しみを抱える人たちへ」


 視線でお姉さんからバトンをもらった僕は、口を開いた。


「その悲しみをどうか僕へ預けてほしい。大切な人を亡くすのは悲しい。笑い合えないのは辛い。全部消えはしないし、消してはいけないけど」


 父様、母様、バルドール、かがり火たち。力を借りるよ。これからの人の為に。


「乗り越えて明日を迎えられるように。新しく出会う人と笑えるように。いつまでもウジウジして、亡くした大切な人に笑われたりしないように!」


 今ここにいない人たちの願いや悲しみは、精霊の姿になって左手を木に同化させ、右手をメイちゃんと繋いだゲルパさんが、植物を通じて集めてくれている。沢山の人たちからの願いが、悲しみが、私とカイくんに集まって、マナとなり、世界へ還っていく。それは、過去を乗り越えて、未来への希望へ進む、人々の輝きだった。


 上空から、溶け合って一つになった光の神と闇の神が降りてくる。融合した神は天へ上り世界を照らし、影を造り出した。光と闇の乱舞が聖戦の終局を告げる。私の中から、願いがマナとなって抜けていく。

 ひとつ。またひとつ。マナは空へ舞い上がり、世界中へ散って世界を修復していく。


『戦いに勝って生きて戻る』『死にたくない』『平和になったら、お嫁さんになるの』『お腹一杯ご飯を食べたい』『お父さん、はやく帰ってきて』


 聞こえてくる、ひとつひとつの叶った願いが嬉しくて、私は微笑んだ。


『あの子が意地悪したから怒って』『木に引っ掛かったボールを取って』『お母さんのプレゼントを買いたいけど、ちょっと足りないの』


 中には、懐かしい願いもある。まだ世界の破滅なんて欠片も見えなくて、花屋の娘クロリスだった頃、時に友達の話を聞き、時に体を張り、時にお小遣いで解決してきた小さなお願いたち。


『クロリス、貴女が幸せでありますように』


 聞き覚えのある声に、胸が一杯になった。お母さん、私は幸せだったよ。


『可愛いクロリス、嫁になんか行かないで、いつまでも側にいてくれ』


 お父さん、嫁には行ってないけど、もう側にはいられない。


『お願いだから、無茶しないで』


妹の声に、切なくなる。ごめん、それは叶えられなかった。

 抜ける。抜ける。抜けていく。人から託された願い。寄せられた希望。全て。

 ――全て――。

 

 待って。もう少し待って。最期にやることがあるの。

 私は、手を伸ばして隣のカイくんの額に触れた。


「お姉さん?」


 私と同じ状態のカイくんは、どこかぼうっとした瞳を向けてくる。


「私は、カイくんが生きてくれなきゃ、『悲しい』」


 私の悲しみが、空になったカイくんの中へ注がれる。

 ――そうして私は、真実、空っぽになった。

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