第40話 聖戦の真実
「勇者と魔王って何ですか? 戦って勝てば本当に世界は救われるんでしょうか?」
絵本でも、吟遊詩人の唄でも、勇者が魔王を倒して世界は平和になり、めでたし、めでたし。それだけだ。城でも魔王を倒してくれとしか言われなかった。
「そうじゃのう。結論から言えば、戦いに勝とうが負けようが救われるな、世界は」
……勝とうが負けようが? さらっと言われた事実に一瞬思考が止まる。
「三百年に一度、勇者と魔王は同じ時代に現れ、光と闇の神殿にて聖女と聖人の元、剣を手に戦う儀式を行う」
「儀式……?」
初めて聞く話に、私だけじゃなくて、フィンさんも戸惑いの声を出した。
「勇者が勝てば魔王諸とも魔族は滅び、魔王が勝てば勇者共々に人間が滅び、どちらも世界は救われる。そのどちらかを決めるのが聖戦。勇者と魔王の戦いの儀式よ」
なにそれ。どくどくと心臓が波打つ。暖炉が燃える暖かい部屋の中、私の指先は温度をなくしていった。
「聖戦に敗けて滅んだ種族の魔力は、マナへ還り世界を潤す。そうして世界は救われるのじゃ」
ひやりと冷えた心が、今度はかっと熱くなった。今の話が本当なら、勇者と魔王の戦いは、どちらの種族の命を犠牲にするかを決める戦いじゃないか。
「ちょっと待って下さい。どうして聖戦がなければ世界が滅びるの? どうしてどちらかが滅びなければならないの! 世界はどちらかの犠牲で成り立っているっていうの?」
つい声を荒げてしまった私に対して、レナティリスさんはあくまで飄々と答える。
「それを説明するのは、ちと長くなるが。災害が何故発生するのか解るかの?」
「自然現象……じゃ、ないんですか?」
「無論、自然現象じゃ。じゃが、自然現象が起こるには仕組みがある。例えば寒くなったから雪が降るように。雨が続けば川が増水するように。災害も然り」
元賢者はこの世の理を朗々と述べる。歴史書を諳んじているかのように。
「世界にはマナが満ち、満ちたマナによって大地が肥え、植物が育ち、風が吹き、雨が降り、光が照らす。しかし、マナが枯渇すると自然が乱れる。それが災害の正体じゃ。このところ、災害が頻発しておろう。このまま災害が続けばどうなるかは、想像に難くないはずじゃ」
脳裏にタニカラ町の惨劇が浮かぶ。あれが世界で頻発している。
「聖戦で滅ぼされた生物の魔力は、膨大なマナとなり世界に還元されて、自然は正常に戻る。生物が生まれてから続く世界の仕組みじゃ」
そうして世界の生物の数は一定に保たれ世界が存続するのだと、レナティリスさんは言う。
「聖戦の回避方法は?」
「回避すれば世界そのものが滅びるのう」
「聖戦に引き分けはないんですか?」
「もしもあるとすれば、人間も魔族も滅びてやはり世界は救われる」
無意識に剣の柄に触れた。返ってくるのは、ただ硬くて冷たい手触り。人間か魔族か。どちらかしか生き残れないというのなら。当然私は人間が生き残る為に戦う。
「光神セイルーン、闇神デュロスについては、知っておるか?」
「人間を慈しみ守護する善なる光神セイルーンと、魔族を守護し世界を手に入れんとする悪しき闇神デュロス、よね」
そんなの誰でも知っている。慈悲深き光神セイルーンと残忍な闇神デュロス。相反する二柱は常に睨み合い、互いにけん制しあって動けないのだという。だから人間は闇神デュロスとその眷属であるモンスターを倒すため、光神セイルーンの代わりに魔族と戦う。
「それが根本的に間違っておるのよ。どちらの神も別に人間と魔族、どちらかに肩入れなどしておらん。世界を自分のものにしようとも思っておらんし、そもそも敵対どころか二柱は夫婦神よ」
「夫婦神?」
ふおっふおっと笑ってレナティリスさんは、次々と私たちの知る常識を変えていく。
「古来より人間と魔族の戦いは様々な理由で行われてきたが、魔族だけが悪な訳ではない」
元賢者はこれまで行われてきた人魔戦争を語る。
ある時は魔族が覇権を握ろうとして、
ある時は人間が魔族を悪として滅ぼそうと、
ある時は魔族が貧困に喘いで、
ある時は人間が燃料たる魔石を得るため。
時に『傲慢』。時に『正義』。時に『大義』。時に『欲』の為に。幾度となく繰り返されてきたという。
「人間同士の戦争と変わらないな」
シグルズの言葉は私の気持ちも代弁していた。さもありなん、とレナティリスさんは笑った。
「今回の人魔戦争の原因は、今魔族と竜族で猛威を振るう病、闇化病にある。かの病を癒す方法が聖女の浄化魔法じゃからの。魔族が闇化病の治療への協力を求めてきたのを、人間が蹴っての開戦じゃ。つまり今代の人魔戦争は人間に非がある」
全てを聞いた私は瞑目した。
「魔族が残忍でどうしようも悪なら良かったのに」
笑ってしまう。災害は魔王のせいじゃなかった。勇者は正義の使者じゃない。
「クロリス様……」
私を見るメイちゃんの目が、どこか痛ましい色を浮かべたが、意識的に視線を合わせなかった。剣の柄を指先が白くなるほど、固く握り締める。
窓の外は暗く、静かに白い雪が舞っていた。
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