第37話 ずっと先を
「やっと見つけた!」
声の方向に目をやれば、町の人たちよりも頭ひとつ大きいシグルズが見えた。彼は人垣をかき分けてやってきて、私の肩を掴む。
「出ていったって聞いて、慌てて来てみれば。何やってんだよ」
シグルズは私の頭や肩に付いた雪を払い、町の人たちに言った。
「皆、悪いがこいつは怪我をしているんだ。連れて帰らせて貰う」
皆は、それはいけないと、それぞれ居たところへ散っていく。
「顔色が悪い」
私の背中と膝の裏に伸びてきたシグルズの手を止めた。せっかく勇者として恰好つけたのに、抱かれて退場ではしまらない。
「大丈夫。歩けるから」
迎えにきてくれたシグルズを追い越して、私は歩き始めた。一呼吸遅れてシグルズが隣に並んで、二人で歩く。黄昏の光は既に朧で、薄暗い。魔石やゆらめく松明の火が、通りを歩く人や、片付けに忙しく動く人たちの影を躍らせ、やがて建物と私たちの影だけになっていった。
周りに人が居なくなると、私が貼り付けていた笑みも、堂々とした態度もぽろぽろと剥がれていった。気がつくと上げていた視線も段々と下りて、松明と一緒にゆらゆらと揺れる足元の影を見つめていた。
「お前さ、勇者だからって勘違いするなよ」
止まってしまった私の影の前に、シグルズの影が伸びた。
「俺もお前も、一人でやれることなんてたかがしれているんだぜ。確かに今日、沢山の人が死んだ。だがなあ、俺たちは出来る限りの事をやっただろ」
「っ、でも!」
「もっと早くに着いていれば? 災害が起こってモンスターが襲撃する時期なんて分かるわけねえだろ。もっと強ければ、もっと早くモンスターを一掃できたか? んなわけねえよ。考えてみろ。一振りでモンスターを全滅出来る力を持っているとして、その一振りでモンスターだけじゃなく人も家もぶっ飛ぶぞ」
私はぽかんとシグルズの顔を見つめた。乱暴な意見だけど、言われてみればその通りかもしれない。
「人を傷付けずにモンスターだけを一瞬で殲滅? 神様かっての。今回は偶々『災害』に出くわしたけどな、毎回お前がその場にいられるわけじゃねえだろ。今だって、遠い国の何処かの町で、今日と同じことが起こってるかもしれねえ。モンスターに限ったことじゃねえ。盗賊に殺されることも、戦争で死ぬことも、病気で死ぬこともある」
鼻先に指を突きつけられる。節くれだった、英雄の指を。
「それぞれの理由で人は死ぬ。英雄だろうが、勇者だろうが、守れる命はほんの一握りなんだよ。俺たちが出来ることは、目の前の人を自分の出来る最大で守ることだ。たとえ一人でも、二人でも、な」
私はゆっくりとまばたきをした。涙と一緒にシグルズの言葉とその意味を沁み込ませる。
「ったく、何へこんでんだ。お前、悪いとこばっかり見すぎなんだよ」
シグルズは笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「見ろよ」
そう言ってシグルズは、町の避難所になっている講堂を指差した。講堂には明々と灯りがついて、家をなくして避難している人の声が中から聞こえる。
「あの灯りの下には、生きている人たちがいる。お前が守ったもんだ」
沢山の人が死んだ。沢山の人の願いが叶えられずに消えた。それでも、守れた命もあった。これから叶えられる願いもある。
剣を持っていない自分の手を見た。大きくも小さくもない手。剣を握るようになってから硬くなった手のひらは、今は包帯でぐるぐる巻きになっている。シグルズの言う通り、この手で出来ることなんて限られている。
「そうよね。私は私の出来ることをする、それしかないよね」
結論は笑ってしまうほど、当たり前でシンプルだった。馬鹿みたいに気負っていた自分が可笑しい。
「ありがとう。シグルズ」
「おう」
背中を向けたシグルズがしゃがんで顎をしゃくった。
「おぶってやるよ。誰もいねえし、もういいだろ」
「うん」
私は素直にシグルズの背中に体を預けた。力を抜いて大きな背中に頬をつける。気持ちいい。
「一応俺はお前の師匠なんだからな。もっと頼れよ」
「……うん」
やっぱりシグルズには敵わないな。最初は剣の腕以外、尊敬出来ない嫌な奴だとしか思わなかったけど。倒したモンスターも、潜り抜けた修羅場も、悔しかった思いも、割り切って前を向く強さも。全部全部、敵わない。ずっとずっと先を歩いている、私の師匠。
ずっとずっと先を、ずっと歩いていてほしい。そう思った。
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