四章

第35話 災害

 でこぼこした街道を馬車が進む。ちらほらだった積雪は、うっすらとだけど一面に見られるようになった。タニカラ町には、今日の夕刻に着く筈だ。現在の時刻は昼を過ぎたばかり。

 寒くなったから、ここのところ馬車の幌を下ろしている。幌の中にはフィンさんが出した、暖を取る為の火魔法が浮いていた。幌の隙間をそっと持ち上げて外を見ると、途端にキンと冷えた空気が、温まった馬車の中に入り込む。前方へと視線を向けると、御者台に座るシグルズ。シグルズの前には白い息を吐きながら進む二頭の馬の背中が、歩みに合わせて揺れていた。

 まだ町の姿は見えないなあ。持ち上げた幌を戻そうとして、違和感を覚えた。雪化粧をした街道の遥か前方、もうじき見える筈のタニカラ町の方角。肌を刺す冷たい空気とは違う何かが、私の肌をざらざらと撫でた。


「シグルズ」

「ああ。分かっている」


 シグルズが手綱を振り、馬が早足から駆け足になる。メイちゃんとフィンさんを振り返ると、二人も緊張した顔で顎を引く。

 ざわつく心を落ち着かせるために、私は腰の剣の柄を握った。フィンさんが幌を上げる。身を切るような冷たい空気に、独特の匂いが混じり始めた。何かが焦げた匂いと、鉄錆びのような、血臭が。


 町に着くなり、私とシグルズは馬車から飛び出した。雷魔法で一段階目の身体強化をかけているのに、少し前を走るシグルズとの距離は変わらない。

 町は悲鳴と殺戮に支配されていた。災害だ。上がる火の手、怒号と悲鳴、逃げろと誘導する声、呻き声、そしてモンスターたちの咆哮が、私の血を沸騰させる。


「加勢する!」


 一足先に町に入ったシグルズが、モンスターと戦う男たちの間に割り込んで大剣を振るった。豪快な一振りで、大鷲と猫科のモンスターが真っ二つに吹っ飛ぶ。


「た、助かった!」


 へたりこむ男の横をすり抜け、シグルズは次に向かう。そっちはシグルズに任せ、私は反対方向に走り出す。家の窓ガラスを割り、顔を突っ込んでいる爬虫類モンスターの下へ潜り込むと、剣を斬り上げた。頭と胴体が泣き別れ、魔石に変わる。家の中から上がる悲鳴に、生きていると安堵して次。


 熊のようなモンスターが、伏せていた顔を上げる。血塗れの口元と、前足の下になっている動かない人。遅かったと奥歯を喰い縛って、私を叩き潰そうとする前足をかい潜り、剣を眉間へ突き立てる。即座に体を回転させると、頭上を大鷲の鍵爪が通り過ぎる。


「ふざけんな! 死ね!」


 カッとなって唱えた呪文は流石に乱暴すぎた。暴発し、右腕に火傷負う。怒りでうまく魔法を制御出来ていない。


「ぐううううっ」


 私の手をめがけて、剣が飛んで戻ってきた。痛みを無視して剣の柄を握った。こんな痛みが何ほどのことか。滑空してきた大鷲を串刺しに。何かをむさぼっていた狼の首をはね。血塗れのスケルトンをばらばらに斬り飛ばし。

 モンスターを次々と魔石に変える。後に残ったのは、あちこち噛み千切られた男の人。視線を右にやれば、ピクリとも動かないうつ伏せに倒れる子供。どこからか聞こえる親を呼ぶ泣き声、子供を呼ぶ母親の叫び。

 それらの、実際に耳が拾っている声とは別に、聞こえる声がある。


『怖い、助けて!』『死なないで』『嫌だ、死にたくない』


 小さな頃から、人の願いが聞こえた。上手にとはいかないけど、必ず叶えてきた。だけど。


『生きたい、まだ死にたくない!』『死んでほしくなかった!』『お父さん、お母さん、戻ってきて!』『死にたくない、助けてくれ!』


 目眩がするほどの願いが頭に響く。叶えたい。全部叶えたいのに。


「ちくしょおおおぉ!」


 私は獣のように吠え、目につくモンスターを片端から斬った。胴を薙ぎ、首を斬り、腹を突き刺し、二つに裂く。斬って、斬って、斬りまくった。


 気が付くと私は、剣を杖のようにして座り込んでいた。モンスターの気配はなく、そこら中に転がっている魔石を、ぼんやりと眺めていた。


「クロリス! 大丈夫か?」


 ぐらぐらと視界が揺れた。誰かが肩を揺さぶったらしい。シグルズの声……? そう思った途端に、すうっと全ての感覚が遠ざかった。

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