第33話 くだらない冷戦
「シグルズ様、流石にこれだけ北に上ると、寒くなってきましたね!」
場を和ませようと、わざと明るくメイちゃんがシグルズに話し掛ける。そっぽを向いたシグルズは無言。ぐっと喉に何かが詰まったような顔をしてから、今度は私に笑いかける。
「クロリス様、ほら、息が白いですよ。あ、あそこの日陰にうっすら雪が積もっています」
「そうね」
メイちゃんの指先を追って、私はおざなりな返答。 ぴきっ。メイちゃんの笑顔が凍る。ごめんね、でも私は態度を変える気ないの。
シグルズと私の喧嘩は継続中。馬車の中の空気は冷たい。
「……」
「……」
木枠に頬杖をついた私は、シグルズと反対側の景色を眺め続けた。メイちゃんの額から、たらりと汗が流れるのを横目に見る。
「うわああん、フィン様、助けてください! 空気が重すぎます。御者を代わって下さい」
ああ、ついにメイちゃんが耐えきれなくなった。
「そうしてあげたいけど、メイは馬を扱ったことがないし、女の子に御者はさせられないよ」
笑いを含んだフィンさんの声に、メイちゃんががっくりと肩を落とす。
「ううう、分かりました。勉強でもしています」
会話を諦めたメイちゃんが、荷物から取り出した分厚い本を広げる。大きくて厚みもあるくせに字も小さいというこの本は、回復魔法の第一人者フーリエさんからの贈り物だ。
回復魔法は他の魔法と違い、お医者さん並みの知識がいる。人体の構造、怪我や病気の仕組みを知ることで、必要な構成の魔力を練り上げて発動させるのだ。私は直ぐ根を上げたけど、メイちゃんは毎日時間があれば本を開いて勉強している。本当に健気で頑張り屋さんだ。彼女に比べて私は何をやっているんだろう。重たい息を吐いて、また馬車の外へ目をやった。
数時間後、メイちゃんが酔いました。いつもは休憩で馬車を止めている時にする勉強を、移動の揺れの中で敢行したせいです。
「ごめんね、メイちゃん」
しゅんと項垂れてメイちゃんに謝り、濡れた布を彼女の額に当てた。
「悪いと思うのでしたら、お願いです。いい加減に仲直りして下さい」
メイちゃんが布の下からちらりと視線をやるのは、フィンさんに何やら言われているシグルズだ。うー。多分同じような事を言われているんだろうな。
「う……うん。分かった」
お願いされると断れない。私は覚悟を決めて立ち上がった。
二人で無言のまま、積雪がてんてんと存在する平野を歩く。フィンさんに「二人で話し合っておいで。ただし馬車から離れすぎない所でね」と言われたのだ。
シグルズの歩みが止まった。私も歩みを止める。振り返るシグルズと私の目が合う。
「「あのさ」」
同時に言いかけて同時に黙る。数秒が経過。また同時に口を開きかけて、シグルズは止めたけど、私はそのまま開いた。
「ごめん、シグルズ。もう二度としないとは言えないけど、やらないで済むように強くなる。だから、よろしくお願いします、師匠」
深く腰を折って頭を下げる。顔を上げると、シグルズの瞳が揺れていた。
「その……悪かった、クロリス。なんというか、その、さっきの態度もだが、今までの態度の悪さは全部八つ当たりなんだよ」
シグルズにしては珍しく、随分と歯切れが悪い。シグルズの瞳の揺れが収まり、ピタリと私の視線と合わさった。
「……隠していた事がある。以前お前の旅に付き合っているのは、竜にやられた傷を治してもらう代わりだと言っていたな。だが、それだけじゃない」
シグルズの手が胸当ての留め具を外す。それから着ているシャツのボタンを外し始めた。……はい?
「ちょっと待って! 何してんの?」
何故に脱ぐ? 制止しようと広げた手を突き出して、私は動きを止めた。
広げたシャツの下から現れたシグルズの肌に、どす黒い傷痕ともつかぬ染みがあったからだ。前に負った肩の傷の反対だから、あの時は気付かなかった。
「……なに、これ?」
「触るな!」
黒い染みに手を伸ばそうとしてシグルズに止められた。
「これは竜の呪いだ。竜から受けた傷はフーリエに治してもらったが、呪いは管轄外だと言われた。呪いを解くには、聖女の光魔法が必要だと。だから旅に同行している。勇者は必ず聖女に会いに行くから」
呪いという言葉と、シグルズの傷痕の不吉さ、その二つが私の行動を縛った。
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