第32話 素直になれない

 目が覚めると私は毛布に包まれて、馬車に揺られていた。フィンさんの眠りの魔法で強制的に寝たおかげで、頭痛と倦怠感は随分ましになっている。馬車の中ではフィンさんも毛布にくるまって寝ていた。シグルズは御者台。メイちゃんは起きていて、私と目が合うとぽろぽろと涙を溢した。


「ごめんね、メイちゃん。心配かけたね」


居たたまれなくなって謝ると、メイちゃんは嗚咽混じりに訴えた。


「ぐすっ、ひっく、回復魔法を掛けたとき、身体中の筋肉がズタズタになっていました。鼻や目から、の出血だって、っい、一歩間違えば廃人になってしまう、ぅっく、ような、凄い負担の証なのです。もう、やらないで下さい。クロリス、様あっ」


 えっ? そんなことになっていたの? 道理で痛かったわけだ。ひえぇ、ぞっとする。


「あんなに痛いのはもうごめんだよ。二度とやりたくないから。ね?」

「そいつに何を言ったって無駄だ、メイ」


 シグルズが御者台から、振り返りもせずに低く言った。彼の声と背中には怒りがみなぎっている。


「もうやらない、じゃなくてもうやりたくない、だからな。似たようなことはまたやるぞ、そいつは」


 私が悪いんだから謝らなきゃ、と思う。思うんだけど、カチンときた。


「あんたに言われたくないわよ」


 つんと顔を横に向けた私からは、謝罪どころか喧嘩腰の可愛くない台詞が飛び出す。まん丸になったメイちゃんの目が、私とシグルズを何度も往復した。


「あの、クロリス様。シグルズ様は心配して下さっているのですから」


 メイちゃんが取りなそうとしてくれるけど、ごめん、無理。なんでか分からないけど、シグルズに言われると素直になれない。


「全く、君が起きていると騒がしいね」


 目を開けたフィンさんが苦笑して半身を起こした。


「ごめんなさい、フィンさん。起こしてしまって」

「ああ、僕には普通に謝るんだ。気にしなくていいよ。十分に休めたから」


 くすくすと笑って軽く伸びをするフィンさんの、目の下にあった隈は消えていて、いつもの優雅さが戻っていた。


「馬たち、見つかったんですね」

「うん。人によく慣れた賢い馬だから、森でうろうろせずに街道で待っていてくれた。助かったよ」


 よかった。食糧は馬車に積んだままだったし、まともに動けないメンバーばかりだったもの。二頭の馬にありがとうと言って撫でてやりたいところだけど、御者台に座っているのがシグルズだから止めた。後にしよう。


「さて。せっかく起きたことだし。今回の反省と今後の予定を話そうか」


フィンさんがぴん、と人差し指を立てた。


「まず、クロリスは置いておいて」

「えっ、ちょっと待ってください。課題だらけでしたよ!」

「君の場合、訓練と実戦で経験を積めば問題ない。自覚あるかどうか知らないけれど、君の成長率はすさまじいよ。たった一ケ月ちょっとで何年も修行した剣士や魔法使いと同じレベルに到達しているんだからね。それよりも僕らの戦力のネックはメイ、君だ」

「はい。私もそう思います。私は足手まといですから」


 メイちゃんが足手まといなんてとんでもない! 私はフィンさんと影をまとって頷くメイちゃんに、両手を横に振った。


「メイちゃんはいっぱい助けてくれたわ。足手まといなんかじゃ……!」

「もちろんメイの力は必要だよ。回復魔法はこの先ますますいる。なにせ自爆も厭わない勇者がいるからね。だから、回復魔法の強化と」


うっ、流石はドS師匠。笑顔で毒を吐きますね。私だって自爆は厭いますよ、自爆は。


「防御魔法の強化だね。早い話が攻撃力になれなくても、自分の身は自分で守る。これをやってくれるだけで、戦いがぐっと有利になる」


 メイちゃんが真剣な顔で頷いた。


「メイを守らなくてすむようになれば、シグルズはフリー、もしくは僕の前衛に回れる。そうすれば僕も、魔族にも通用するくらい高火力の魔法を使える」


 魔族は魔法耐性があるから魔法が効きにくいんだって。しかもあの回復力だ。


「聖国は魔国に近い。聖国に近づけば近づくほど魔族との交戦が増えるだろうから、その前にメイの強化を優先して、寄り道をしよう」


 フィンさんはメイちゃんに地図を出してもらい、もうすぐ着くタニカラ町を指差した。


「タニカラ町で物資の補給が終わったら、予定していたガロ町ではなく、ラナガ森の奥の湖に行こう」


フィンさんの長い指が地図をなぞり、ガロ町手前で街道を外れて東へ進ませ、湖の畔で止まった。


「ここに元賢者が隠居している。お歳だから人魔戦争に加わらずにいるはずだ。彼女に教えを請おう。きっとメイの力になる」

「はい、頑張ります!」


 メイちゃんが両拳を握った。目標が出来たお陰で、元気が出たみたい。良かった。


「賢者かぁ。魔法使いも遠い存在だったのに、賢者なんてお伽噺ね」


 賢者という単語に、子どもの頃聞いたお伽噺を思い出す。主人公にはならないものの、かなりの頻度で活躍する賢者は、物語の中だけで生きる存在だ。


「勇者もお伽噺だけどね」


 そこへフィンさんの一言。そういえばそうでした。実感ないし、全く有り難みを感じないけど。


「元賢者かぁ。やっぱり腰と鼻が曲がっていて、白髪で長い髭とかかな。んで、杖持って長いローブを着ているの」

「書物や薬草が一杯の家に住んでそうですよね」


馬車の中で私とメイちゃんは、見たこともない賢者の話で盛り上がった。フィンさんとシグルズが御者を交代するまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る