第31話 願いのために

「何が信じて見ていて、だ! 無茶苦茶しやがって!」

「ごめんなさい」


 私はうんうんと唸りながら謝った。うー、頭痛い。体がだるい、重い。

 あの後フィンさんは魔力切れと寝不足でぶっ倒れ、メイちゃんは私になけなしの回復魔法をかけてやはり魔力切れ。私は回復魔法をかけてもらったものの、頭痛と倦怠感、治しきれなかった筋肉痛で動けない。おまけに雷魔法の負荷で、目や鼻から出血して顔が血だらけ。唯一動けるシグルズが、暖を取るための薪を焚きながら私にお説教だ。


「ったく、寿命が縮むような魔法の使い方をしやがって! 二度とするなよ!」


 シグルズは苛々と木の枝を火に放り込んでから、私の顔にこびりついた血を布で丁寧に拭ってくれた。言葉は乱暴なのに手つきは優しい。ちょっと頭痛が和らいだ気がして、目を閉じる。


「うぅ、魔法の重ね掛けがこんなになるなんて思わなかった。頼まれたって二度とやりたくないよぉ」

「どうだか。どっか危なっかしいんだよ、お前」


 はっと息を吐いてシグルズは、私の頭をぽんぽんと叩いた。


「もうやるなよ」


 焚き火に向けて、ぶっきらぼうに念を押す。木の枝が炎に炙られ、パチンと爆ぜた。


「…………」


 私は「うん、もうやらない」と言おうとして、開きかけた唇を閉じた。素直にうんと頷いたらいい。シグルズはそれで許してくれようとしている。……でも。

 今の私は弱くて誰も守れない。もしも誰かが危なくなったら、また同じことをする。瞬間的にだけど、格上とも渡り合えるなら、自分を削るくらい安いって思ってしまった。

 しばらく私の返事を待っていたシグルズの目が、すうっと細くなって鋭く燃えた。


「お前は馬鹿か!」


 静かな森にシグルズの怒鳴り声が響いた。心配してくれているって分かっている。でも、ムッとして言い返してしまう。


「なによ。シグルズだって私を庇って怪我したじゃない!」


 そうだ、自分だって人のこと言えない。なのに、なんで怒られなきゃいけないの。


「俺は良いんだよ!」

「はあ? なにそれ。自分は良くて人は駄目? 横暴よ!」

「うるせえ!」


 かち割る勢いの頭痛と喋るのも億劫な倦怠感も一時忘れて、私はシグルズと言い合いになった。さらに言い募ろうと私が口を開きかけた時、第三者の声が割って入る。


「人がせっかく寝ているのにうるさい! 君はちょっと寝てなさい」

「へ?」


 声の方を見やった私の目に映ったのは、不機嫌そうに口をへの字に曲げたフィンさんと、目の前に集まったマナだった。そのまま視界がぐにゃりと歪んで、私の意識は落ちた。


****


 一つ年下の男の子が、木上に遊んでいたボールを引っ掛けてしまった時。取ってと頼まれた私は躊躇いなく登り、ボールを取ったものの木から落ちて足の骨を折った。

友達が年上の子に絡まれた時、助けてと泣いたその子の代わりに、取っ組み合いの喧嘩をやらかした。

 幼い頃から私は誰かにお願いされると、自分が傷付こうが無理をしようが必ずやり遂げる。時に傷を作り、時に睡眠を削り、時に自分のお小遣いを使ってまで。

 両親も妹も心配して、もうしないでとその度に言われた。その度にごめんなさいと謝るけれど、気が付くと動いてしまう。

 どうしてと訊かれても分からない。ただ、動かずにはいられない。

 だって仕方ないじゃない。誰かの願いが叶えられないのはもやもやする。なんとかしないと落ち着かない。

 ただ、『もうしないで』という願いにだけは、応えられないのが嫌だった。

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