第30話 加速する思考と殺しの感慨

 加速する思考は殺しの感慨を置き去りにし、次に向かう。手の中の剣が妙に熱い。どくどくと脈動しているのは剣なのか。それとも私の血潮か。恐怖よりも、後悔よりも、戦いの高揚に心が震えた。

 ――残り、二人。

 ギイン! 甲高い金属音を鳴らして剣と剣がぶつかる。


「調子に乗るなよ!」


 男と二、三度きり結んだところで、横合いから赤毛の男が乱入してきた。私は剣の軌道を変えて、横からの剣へ対応する。重い。地面を踏みしめて耐えたけど。


「ぐぅっ!」


 腕力、体格差、剣の腕、全てにおいて男の方が強い。耐え切れず後ろに弾かれる。数歩下がった私にもう一人が斬りかかってくる。


「させません!」


 メイちゃんの物理的な矢が男の腕に刺さった。


「グラキエース・フロース」


 ふいに、白くキラキラした花びらのようなものが視界を掠める。いつの間にか白い花びらが、そこかしこに舞っていた。朝の光を反射して舞う真白の欠片は、美しく幻想的だけど、込められたマナには肌が粟立つ。致死量のそれに、赤毛の男ともう一人が幾つか触れた、そのタイミングで。


「ゲロー!」


 フィンさんの干渉により魔法が形を変えた。触れた場所にぴたりと貼りついた花びらが、一気に凍結する。


「がああああっ!」


 赤毛の男の左腕と背中、もう一人の右手と左足、腹部と首筋が凍った。しかしフィンさんの魔法はここで終わらない。干渉した魔法に更なる干渉を加える。


「デーストルークティオー!」


 澄んだ音色を響かせて、凍った部分が粉々に割れた。赤毛の男は呻き声を、もう一人は断末魔の悲鳴を上げた。


「……ごめん、ガス欠……!」


 フィンさんの体がぐらつき、シグルズが支えた。これで赤毛の男と一対一。

 回復する前に倒してやる。私は傷口から回復の煙を上げる赤毛の男に仕掛けた。繰り出した剣撃は尽く避けられ、弾かれる。私よりも速く重い剣に、畳みかけるどころか少しずつ追い詰められていく。


 このままじゃ駄目だ。もっと速く、もっと力を!


 更に魔力を練る。今の魔法を維持したまま、目の前の男に注意を払い、慎重に細かな模様を編み上げていく。既に雷魔法で五感と思考を加速させているからこそ出来る芸当だ。


 赤毛の男が吠えて私に向かってきた。増幅された聴覚が声を過敏に拾うから、何倍もの音量になる。うるさい。


 男の動きが緩慢だ。魔力を編み上げる速度も遅く感じる。男に合わせて剣を動かす自分の動きでさえ、遅くて苛つく。色とりどりのマナの動きが見える。足裏から伝わる踏んだ小石の硬さ、肌に触れる服の感覚すら邪魔だ。


 男が上段からゆっくりと剣を振り下ろす。真っ直ぐな剣筋、下から剣の腹を撫でてやればいい。

 口の中へ液体が流れ込んできた。鉄の味がする。鼻血だ。戦いながら二つの魔法を使うことへの負荷に、脳が耐えられなくなってきたのだ。

 その瞬間、魔力が編み上がった。


「まだまだあっ!」


 叫びが呪文となり、更なる身体能力の増幅がかかる。筋肉が軋む嫌な音が響いたけど、無視。視界が赤くなる。見えにくさに苛立ちながら加速する。男の振り下ろした剣を撫でるように流す。流しきった剣を返して前へ。心臓は部分鎧で守られている。狙うは無防備な喉元だ。


 視界の赤はどんどん濃くなり、痛みが脳みそを直接殴る。メイちゃんの悲鳴が木霊する。シグルズやフィンさんも何か叫んでいるけど、そっちに意識を持っていく余裕がない。深紅に染まる視界の中、男の喉元だけが元の色のまま浮かんで見えた。ただ、そこを目指す。


「ごぼっ!」


 喉に剣を突き立てられ、赤毛の男が己の血に溺れる。湿った声を最期に、赤毛の男が絶命した。男を刺した勢いでそのまま倒れ込んだ私は、雷魔法を解除した。

 ゆっくりだった周りの動きが正常になっていく。代わりに自分自身の動きは、亀より遅くなった。のろのろと顔を上げると、赤毛の男の虚ろな目にかち合う。

 ごめんなさい、とか。怖い、とか。全てを飲み込む。お互いがお互いの事情や目的のために殺し合った。それだけだから。


「……痛い」


 ただ、涙が零れた。


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