第29話 私が戦う

 目が覚めると、まだシグルズの腕の中だった。良かった。熱も下がってる。規則正しく上下する胸からそっと頬を離して首を回すと、眠っているメイちゃん、そして仏頂面で座るフィンさんがいた。フィンさんの姿は散々で、頬には擦り傷と泥がこびりつき、ローブは所々破れているし、焦げている所や血の付いた所もある。座り方もいつもの優雅な佇まいではなく、どこかだらけた様子だし、常に湛えている微笑みは不機嫌そうな表情にとって変わっていた。


「おはよう、クロリス」

「フィンさん、無事だったんですね」


 私は寝ている二人を起こさないよう、小さな声で挨拶を返すと、目の下に隈を浮かべたフィンさんは、私にじとりとした視線を寄越した。


「ああ、無事だとも。ほぼ一晩中あいつらを撹乱して、引きずり回してクタクタだっていうのに、メイの目眩ましの魔法は優秀だったよ。見つけるのにどれだけ苦労したことか。おまけに皆寝こけているから、見張りに起きていなきゃならかったし」


 不機嫌を乗せた低い声音でぶつぶつと文句を言うフィンさんだけど、皆を起こさないようにやはり小声だ。


「それで? 随分顔付きが変わったけれど、覚悟は決まったってとこかな?」

「はい」


 頷いて腰に手を伸ばすと、無機質な筈の剣の柄が、掌の中で脈動した。


「敵は残り三人。おそらく全員魔族だろう。僕の渾身の氷から抜けたからね。特に赤毛の男、あいつは強い」

「分かっています」

「サポートに回りたいところだけど、正直僕もほぼ魔力切れだ。シグルズも満足には動けない。回復を待ちたい所だが、それまで見つからないでいられるかどうか」


 渋い顔のフィンさんが、乱れた髪を掻き上げた。


「私が戦います。もう震えない。まだ少し怖いけど、皆に勇気を貰ったから」


 信じてくれたメイちゃんから、優しく泣かせてくれたシグルズから、戦う意味を確認させてくれたカイくんから。貰った勇気が私に灯をともす。フィンさんはそんな私を琥珀の瞳で透かし見て、ふっと微笑んだ。


「なるほどね。やはり君は勇者だって訳だ。ま、それはいいとして」


そこで一度区切ってから、半眼でこちらを指さした。


「いつまでそうやっているつもりだい?」

「へ? あ、ああ!」


 忘れてた! 私今、シグルズの腕の中だった。慌てて首を後ろに回すと、青い瞳とかち合った。


「起きてたの?」

「そりゃ起きるだろ。それだけ騒いだら」

「だったら声かけてよ!」

「いや、まあ……折角だったし」


 目を逸らして何かぼそぼそと言ってるけど、それどころじゃないよ。うわああ、恥ずかしい。私は慌ててシグルズの腕から抜け出すと、横から伸びてきたメイちゃんの手にぎゅっと引き寄せられた。


「どさくさに紛れてクロリス様に何させているんですか! ええい、母性本能なんかくすぐらせませんよ。早く治ってしまえ」


 なんか凄い台詞を呪文にして、回復魔法が発現する。深い傷は治せないメイちゃんの回復魔法だけど、何度も重ねて掛けたおかげで傷口が塞がった。


「助かった。ありがとう、メイ」


 体を起こしたシグルズが、手を握ったり開いたりして具合を確かめる。


「言っておきますけど、戦闘なんてすればすぐまた傷が開きますからね!」


 そんなシグルズに、メイちゃんはビシッと指を突きつけて釘を刺した。


「楽しそうな所悪いけど、そろそろ気付かれたみたいだよ」


 そう言って腰を上げたフィンさんの視線を辿ると、仲間への合図らしき、空に向かって伸びる黒い筋みたいな魔法が見えた。

 シグルズが大剣に手に、立ち上がろうとする。その額を私は手のひらで押して座らせた。


「私が戦うから、シグルズは見学」

「……戦えるのか? 無理しなくていい。傷なら平気だ。俺がなんとかしてやる」

「凄く魅力的な提案だけど。これは私が乗り越えなきゃいけない戦いだから。信じて見ていて」


 シグルズに微笑みかけた私は、返事も待たずにフィンさんの横をすり抜けた。崖下の窪みから出る間に、魔力を練り上げる。雷の魔力に引かれてマナが集まってきた。走りながら敵の姿を確認して抜刀。呪文を唱えた。


「限界を引き上げろ」


 火の魔法ならば力が。土なら防御が。風なら素早さを上げられる。今の私は戦いながら複数の魔法は無理だけど、雷魔法での強化は、力と素早さの両方を上げられた。


「風の鎌」


 敵の風魔法が放たれる。風の速さで迫る不可視の刃だけど、マナの流れで視認出来ること、直線であることが欠点だ。避けるか、剣で斬って散らしてしまえる。

 避ければ後ろの皆に当たる。私は剣で散らすことを選んだ。


「踊れ!」

「なっ」


 私の剣に当たる瞬間。風の刃は左右と下へと三つに分かれて、不規則な軌道を描いた。発動した魔法への干渉。明らかに魔法の腕は私よりも上だ。剣を上へ振り抜いて無防備になった体に、三方向から風の速さの刃が迫る。到底避けきれない。普通なら。

 身体を駆け巡る雷魔法が、五感を、思考を加速させる。迫る刃の方向が伝えられ、思考が最適解を弾き出し、私の身体を動かす。

 振り上げた剣の方向を無理矢理に変える。変える過程で一つ、左で一つ、切り返した右で一つ。三方向の刃を叩き斬り、私の足は地面を蹴る。その一歩で距離を詰めて一閃、敵の首が鮮やかに宙を舞った。一呼吸遅れて、頭部の無くなった体から血が吹き出る。


 一人、殺した。

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