第26話 私のせいで

「うらあああっ」


男とシグルズの激しい斬り合いが始まる。その間にも別の男が私に斬りつけてきた。私は男の剣を弾き、男の胴を払おうとして、剣を止める。無理だ。振り抜けない。


「落とせ!」


 また別の男の魔法が発現し、私の足元の地面が消失した。穴の中は逃げ場がない。穴から出ようとする私に、剣が、魔法が殺到する。やけにゆっくりと迫る脅威を感じながら思った。ああ、死ぬんだ。


「クロリス!」


 私に向かう脅威の前に、割り込む人影が一つ。


「ぐっ」


 肩を剣で突かれたシグルズが、大量の血を滴らせながら私を穴から引っ張り上げた。


「癒しの矢!」


メイちゃんの回復魔法が矢となって、シグルズの肩に当たる。メイちゃんの魔法では、動けばすぐに傷口が開く程度の止血だ。だというのに、シグルズはまた男の剣を受ける。案の定、肩からまた出血し始めた。

 魔法の矢を放った直後のメイちゃんの後ろから、細身の剣が襲いかかった。


「メイちゃんっ!」

「スコプルス」


 フィンさんの魔法障壁がメイちゃんを守る。剣を受けた障壁が、パキンと軽い音を立てて割れた。間髪を入れずに物凄い魔力が、フィンさんを中心に巨大で精密な模様を描く。小さな魔法を連発して接近戦の穴を埋める戦い方を捨て、大規模な魔法を行使する気だ。完成前だというのに、周囲の温度が下がって大気が凍りついた。


「アルゲオ・コルムナ!」


パキパキキイイィィッ! 私たちを中心に、物凄い勢いで周囲が凍っていく。吐く息も、物も地面も何もかもが白く染まった世界に、オブジェのような六つの氷の柱。フィンさんの青い髪と白地に青の刺繍入りのローブだけが、鮮やかに焼きついた。


「僕が追手を引き付ける。クロリスはシグルズを連れて逃げて。メイはクロリスをサポートしてやって」

「逃がすかよっ!」


 氷柱の一つが割れ、体半分を白く凍てつかせた赤毛の男が出てくる。フィンさんは側にあった氷の塊を、男の鼻先に投げた。


「はっ! 苦し紛れの牽制か?」


 男が氷の塊を左手で払おうとしたところへ、フィンさんの火魔法が具現化する。


「イグニス!」


 火魔法の目標は男ではなく、氷の塊だった。男の目の前で冷気と熱気がぶつかり合い、大量の水蒸気が巻き上がる。


「クロリス様、今のうちです」


 メイちゃんの囁きに、私の呪縛が解ける。飛び付くようにシグルズの肩の下に潜り込み、後はもう必死で逃げた。


 私のせいで。私の、私の、私のせいで。シグルズが怪我をして、皆が危ない目に遭った。私はなんて駄目なんだろう。後悔を反省に変えようとするのに、後悔が深くなるだけで反省に変わってくれない。


 崖下が抉れた窪みの中に身を潜め、私はシグルズの怪我の手当てをしていた。他人が自分の体を動かしているみたいに、ふわふわと現実感がない。目の前のことが遠い出来事のように感じながら、体だけが勝手に動いていた。

 シグルズの胸当てと籠手を外し、衣服を弛めて肩の傷口を晒す。そこへ目眩ましの魔法をかけ終わったメイちゃんが来た。シグルズの傷口に酒をかけて消毒し、回復魔法をかける。傷口は塞がらなかったけど、血は止まってくれた。そこで、ぐらりとメイちゃんの体が傾いだ。


「メイちゃん!」

「ごめんなさい、クロリス様。魔力切れです」


 倒れかけたメイちゃんの体を支える。真っ青な顔色で弱々しく言った後、そのまま意識を失ってしまったメイちゃんをそっと横たえる。元々メイちゃんの魔力量は多くないのに無理をさせてしまった。謝ることなんてない。メイちゃんはよくやってくれた。何も出来なかったのは私なのに。


「私が悪いのにっ」

「……クロリス」


 俯く私にシグルズの声がかかる。彼はぎこちなく身を起こして、壁に寄りかかるようにして座った。


「ごめん、薬だったね」


 薬瓶を手に取り、蓋を開けようとしたけれど、手がどうしようもなく震えて開けられない。


「あ、あれ?」


 手だけじゃない。気が付くと体全体が震えていた。


「貸せ」


 シグルズは震える私の手から薬瓶を取り、蓋を開けてぐいっと飲み干す。苦い、と顔をしかめてから私の肩に手を置き、ぐいと引いた。バランスを崩した私は、ぽすんと彼の胸に収まった。


「ち、ちょ、シグルズ?」


 何? どういうこと? パニックになった私は、後ろに体を引いて彼から離れようとした。


「あんまり動くな。傷に響く」


 シグルズの声に私は動きを止める。シグルズは黙って、私の肩を抱いた手と反対の手で私の頭を撫でた。頭を撫でる大きな手の感触と、彼の胸から聞こえる鼓動が妙に心地いい。撫でる手も頬に当たる胸も、互いにくっついたお腹も、包み込む腕も。全てが大きくて温かくて。ゆっくりと私の震えは止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る