第23話 バドス伯父さんと僕

「カイ様、お目覚めの時間でございます」


 事務的な声に僕が目を覚ますと、侍女が一礼してベッド脇に控えた。

 ああ、目が覚めてしまった。

 一人きりで、しかも僕みたいな子供が寝るには冗談のように大きなベッド。脇に控える侍女と、ベッドの真ん中にいる僕との距離は一メートル以上開いている。動く度に沈むベッドの中央から、端へ移動するだけで嫌になる。

母が生きていた頃は、母と弟と三人で寝ていた。それでも十二分に広く寝ることが出来たのに。広すぎるベッドは余計に寂しい。


 ベッドから出ようと端に辿り着いた僕の腰に、コツンと硬いものがぶつかってきた。視線を落とすと黒い柄が、僕の腰にくっついていた。重たい溜め息を落として柄を握り、布団から引っ張り出す。黒い鞘に納められたやや細身の剣。鞘から抜けば、刀身まで黒いことを僕は知っている。


 母が死に、父が死に、弟は心を無くした。僕の家族は、人形のようになってしまった弟のサイと、伯父のバドスだけ。

 政務のことはよく分からない。僕の後見人になったバドス伯父さんが全部やってくれて、将来僕が政務を担えるように教えてくれている。僕にとっては頼れる肉親で、僕と弟のサイを庇護してくれる保護者だ。


 身支度が終わると見計らったようにドアがノックされる。侍女が脱いだ服を持ち、一礼して下がった。 侍女と入れ替わりで入ってきたのは、バドス伯父さんだ。ひょろりと背が高く、いつも少し顔色が悪い。伯父さんは黒髪をきっちりと後ろに撫で付け、痩せた体を黒の礼服で包んでいた。切れ長の冷たい水色の瞳が僕を見据え、薄い唇が開く。


「おはようございます、カイ様。支度は整いましたか?」


 他人みたいに恭しく礼を取る。僕が父の後を継いでからずっとこうだ。


「はい」

「はい、では御座いません。威風堂々と頷けば宜しいのです。私は貴方よりも立場が下なのですから」


 ぴしゃりと叱られて、僕は思わず首を竦めた。いつもこうだ。バドス伯父さんの前にいると、体がぎゅっと縮こまってしまう。そして僕のそんな態度に、ますます伯父さんは不機嫌になる。


「は……ごめんなさい」


 また、はいと言いかけて僕は慌てて謝った。それがまた、伯父さんの不興を買う。


「カイ様、謝ってはなりません。いかなる時も臣下に頭を下げず、弱気な顔を見せずに振る舞いなさい。それが主の務めです」

「……分かった」

「では、参りましょう」


 背を向けた伯父さんの後を、長すぎて腰に下げられない剣を背負って追いかける。両親の死と、前みたいに泣きも笑いもしない弟。両方が僕の肩にのし掛って重い。足を引きずるようにして自室の前にきた僕は、もう一度ベッドを振り返った。

 大丈夫。またいつか夢でお姉さんに会えるから、今日も頑張ろう。胸を張ってお姉さんに頑張ったよって報告出来るように。


「どうなされました? 時間は有限ですよ」


 立ち止まる僕に、伯父さんの温度のない声がかかる。


「何でもない」

「ならば参りましょう。覚えて頂かねばならぬことが山程御座います。なにせ貴方は」


 数歩先に行っていたバドス伯父さんは、僕が追いつくのを待ってからまた歩き出す。


「我等が魔族の王。魔王の剣に選ばれた真の魔王なのですから」


 そう言われた瞬間、背中の剣がいっそう重たくなった気がした。

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