第22話 夢の中でなら

 また、この夢だ。

 光と闇が溶け合ったような、灰色の茫洋とした空間。空も大地もなく、見渡す限り何もない灰色の世界。いきなりこんなところにいれば、取り乱してしまいそうだけど、私はここをよく知っている。


「お姉さん!」

「カイくん、久しぶり!」


 黒髪の可愛らしい少年が、私を見付けて嬉しそうに手を振る。私も笑顔で手を振り返した。


「元気だった?」

「うん! お姉さんは?」

「私はいつだって元気よぉ」


 右腕に力瘤を作って元気さをアピールする。カイくんは良かったと言って、私に抱きついてきた。私はぎゅっと抱き返してから、丁度胸の下辺りにあるカイくんの頭を撫でる。

 この灰色の不思議な世界で、私とカイくんは時々こうして逢う。毎回二人とも寝ている間だから、夢の中だと思うのだけれど、とてもリアルだ。今もカイくんの体温や、細い体の抱き心地が伝わってくる。


「ちゃんとご飯食べている? 怖い後見人さんに虐められてない?」

「お姉さんに心配されるから、ちゃんと食べるようにしているよ。バドスは相変わらず怖いし、よく怒るけど、僕がちゃんと出来ないから。駄目な子だからいけないんだ」


 後半の台詞でしゅんとなるカイくん。バドスというのは、カイくんの後見人の名前だ。どうやらカイくんは良い家柄の子で、両親は他界。幼くして家を継ぎ、後見人に代行して貰いながら勉強しているらしい。


「カイくん、ちゃんと出来なくても良いんだよ。出来なかった事をちゃんと覚えていて、また同じことをするときに今度は出来るようにすれば良いんだから。だから自分を駄目な子だなんて思っちゃ、それこそ駄目」


 この子はとても自己肯定感が低い。幼くして家を継いだ重圧に、潰されそうになっている。

 ええい、バドスとかいう人め。厳しくするだけじゃなくて、ちゃんと褒めてやんなさいよね。子供は沢山失敗して成長する。そして、少しずつ成功するようになっていく。そういうものよ。


「お姉さんなんて、ちゃんと出来ないこといっぱいあるんだから!」


 私は初めて栽培する花を枯らしてしまったことや、肥料をやり過ぎたこと、逆に肥料が足りなくて花が咲かなかったことなど、たくさんの失敗談を聞かせた。勇者になってからのことでなく、花屋の娘だった頃の話ばかりなのは、カイくんの前でなら以前の私、花屋の娘クロリスで居られるから。

 カイくんもそうだ。私の前でなら、カイくんはただの子供でいられる。

 勇者でいなければならない私と、当主でいなければならないカイくん。お互いにお互いの前でなら、夢の中でなら、自分自身でいられた。

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