第20話 世界の崩壊
――長々と話すよりも、実際に見た方が早い。
そう言ったフィンさんを加えて、私たちは翌日バオバフ町を出発した。
聖国ルーベリアはレナド王国の北東で、そこに至るルートは二つある。レナド王国を北上して東西に横たわるカナラ山脈を越え、ノール国を東に横断するルート。王国の東に位置するバオバフ町から、北へ進みカナラ山脈を迂回するルート。今バオバフ町にいる私たちは、もちろん後者のルートを取っている。
気持ちのいい天気だ。幌を引き上げた馬車の外を流れる景色は、長閑だった。青々と広がる草原を、そよぐ風が美しく波打たせている。
馬車を引く馬は灰毛と栗毛の二頭だ。何度も行き来する馬車の轍の跡だけが、草原にくっきりと浮かび上がって、道を作っていた。その道を、私たちの馬車もなぞっていく。
やっぱり財力があると違う。馬も馬車も、旅に必要な毛布や食糧まで、全てフィンさんが用意してくれた。御者はシグルズとフィンさんが交代で勤めてくれていて、今はシグルズが御者台に座り、手綱を握っている。
「ああ、丁度いい実物があった。クロリス。あれが世界の崩壊だよ」
さらさらの青髪を風になびかせたフィンさんが指さしたのは、草原の一画に積んである石。
「祠ですよね」
祠のどこが世界の崩壊なのだろう。昔からあるし、珍しいものでもないのに。
日照りや干ばつ、長雨による農作物の被害。地割れなど。災害に見舞われた場所には、決まってモンスターが現れて追い討ちのように人を襲う。そして、大なり小なり黒く変色した何かを残す。時に地面に、時に植物に、時に住居が黒く染められる。それに触れた人間は昏倒し、二、三日目を醒まさない。魔力を限界まで吸われるせいだそうだ。
だから黒く変色した場所を大きめの石を積んで囲い、うっかり人が触らないようにしている。それが祠だ。
「確かに、ああいう小さな祠は珍しくなかったけれどね、ここ数年で災害の数や規模が大きくなっているのは知っているかい? 一度に現れるモンスターの数や、黒く染まった場所の面積も大きくなっているんだ。今年の災害なんて既に大きなものが二件、小さなものなら数十件もあった」
フィンさんの説明は続く。北の町ガロでは、例年にない雪が降り続いて何百人も凍死した。異常な暑さに見舞われた、南東の観光地レーカムでの死者は、やはり百人単位になったらしい。そして、どちらも後からモンスターの大群が押し寄せて、壊滅的なダメージを受けたそうだ。
「地図にばつ印があるだろう? それが祠の数だよ。青い印が五年以上前のもので、赤い印が直近のものだね。小さなものは省いて、それなりに大きな規模のものだけ書いてある。それもレナド王国の騎士が把握出来ている分だけだから、実際はもっと多いだろう」
「こんなにたくさんの災害が……」
私は大きく身震いした。ばつ印の数を数えてみると、現在地から一番近いラジカ村からムレート町までの街道沿いだけでも約二十五ヶ所ある。そのうち十六か所が赤い印。たった五年でそんなに増えたんだ。
話しているうちにも、また祠を見つけた。よく見ると、遠くにもう一つ祠のようなものがある。
「災害の報告は右肩上がりに頻度が上がっている。このまま増えていくと、黒く汚染された土地ばかりになってしまうだろう。わが国だけでなく各国でも同じようなことが起こっているそうだ。そこへ聖女の神託が下った」
災害自体、年に数件の頻度であるものだし、現れるモンスターも大した脅威じゃないから、直ぐに騎士団や冒険者が制圧していた。黒くなった場所も、祠を作って立ち入り禁止にすればいいだけだったのに。王様の言う通り、これも魔王のせいなのだろうか。
「世界の崩壊を止めるための光と闇の聖戦が開戦される。世界の崩壊が祠なら、光と闇の聖戦って何なんですか?」
字面から、なんとなくは分かる。私たち人間が広く信仰しているセイルーン教が崇める光の神セイルーンと、魔族が崇める闇の神デュロス。光と闇とはこの二柱を指しているんじゃないだろうか。
「普通に考えれば二柱の神を掲げた人間と魔族の戦い、人魔戦争のことかと思うけど。既に人魔戦争真っただ中だというのに、始まるっていうのがおかしい」
「どうして聖女様は詳しい伝言をしてくださらなかったのでしょうか?」
メイちゃんが、風にそよぐ髪を押さえながら言った。彼女の髪は短いから、一つに纏めている私よりもなびきやすくて、顔にかかるのだ。
「恐らく出来なかったんだと思う」
フィンさんの顔が曇った。
「内容が聖国にとって好ましくなかったか、各国の王にとって都合が悪いものだったか。そのどちらかの理由で詳しい内容は省かれたんだろうね」
「ふん。あいつが聖女だなんてな。ったく、らしくねえ」
御者台からシグルズが話に加わってきた。んん? あいつ?
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