三章

第19話 文句だけ言いにきたの?

 キマイラは討伐出来たけど、私は無事じゃなかった。腕は折れていたし、肩は脱臼。火傷も治りきってなかった私は、シグルズにおんぶしてもらって下山した。キマイラ討伐の証である魔石を持ち込んで報酬をもらい、そのお金で宿屋を借りてベッドに入った途端に発熱。そのまま三日ほど寝込んだ。

 毎日メイちゃんに回復魔法をかけてもらって、なんとか完治。昨日は丸一日様子見で安静、五日目の今日はやっと素振りを再開。そんな時だ。王都からキマイラ討伐のための騎士団と冒険者がやって来たのは。


「おい! ここか? キマイラを討伐した奴らが居るのは」


 蹴破ったのかというほど乱暴にドアが開く音と、怒鳴り声が宿屋の入り口に響いた。私たちは顔を見合せ、声の主の元へ向かう。


「お前たちか。報酬目当てに余計な事をしたのは?」


 入り口に立っていたのは、鎧を着込んだ高圧的な態度の騎士だ。その後ろでおろおろとしている初老の男の人は町長さんだと思う。騎士の男は、明らかに見下した目で私たちを一瞥した。感じ悪い。


「キマイラ討伐は我々騎士団の仕事だ。余所者が勝手な真似をするな!」


 男は偉そうに腕を組んで、さも当然のように自分の主張を並べ始めた。

 やれ、騎士団の仕事を取るな、お前らが余計な事をしなければ今頃キマイラを討伐していただの、これだから道理の分からない馬鹿は困るだの。何なのこいつ!


「お偉い騎士団様がさっさとやらないから私たちがやってあげたんでしょうが。仕事だって言うならきっちりやりなさいよね!」

「それが余計な真似だというのだ! 賎しい冒険者めが」

「何が余計よ。今頃のこのこ来て偉そうに。この税金泥棒!」


 地竜の卵は孵化の時期に入って、業者さんが卵の殻を取った後。今さらやって来ても遅いのに文句だけ言いに来たの? この人。


「何だと?」


 男の額に青筋が浮かぶ。男の後ろの町長さんは真っ青で、他の騎士たちは色めき立った。


「貴様、一介の冒険者風情がこの貴族の名門、ディルド・ドルディに税金泥棒だと!」

「本当に偉い名門貴族様なら、冒険者風情の言葉にお怒りになんてならないわよ。寛大だから」

「おのれ、小娘! どこまでもコケにしおって!」


 男が腰の剣に手をかけた。シグルズが私と男の間に体を割り込ませる。


「はいはい、そこまで」


 場違いに涼やかな声と、パンパンと手を打つ音が、一触即発の空気を割った。騎士たちが道を開けて、男が一人歩いてきた。


「フィンさん!」

「久し振りだね」


 にっこりと蕩けそうな笑顔を浮かべるイケメンは、レナド王国の筆頭魔法使いフィンさんだった。


「これはフィン殿、貴殿からも言って頂きたい。騎士団の功績を横取りする不届き者どもに、身の程を弁えろと!」


 フィンさんは微笑んでディルドの横に立ち、その肩に手を置いた。


「身の程を弁えるのは君だよ、ディルド」

「……は?」


 唖然とするディルドに、フィンさんは冷たく言い放つ。


「ここに派遣された騎士団の裁量は、僕に任されている。君の失態はこのフィン・ハンドブルグの失態、ひいては我がハンドブルグ家の汚点にもなる。君は当家を敵に回したいのかい?」

「め、滅相もございません。行くぞ!」


 真っ青になったディルドはフィンさんの言葉に背筋をピンと伸ばし、慌てて町長さんやその他諸々を引き連れて出ていった。


「騒がせて悪かったね、ご主人」


フィンさんはまず宿屋の主人に謝り、宿の外に集まっていた町の人たちにも声をかけた。


「皆さんにも心配をかけたね。事は僕が収めるから安心してほしい」


 フィンさんの一言でぞろぞろと散っていく野次馬を見送ってから、私は尋ねた。


「フィンさん、どうしてここに?」

「君たちの旅に同行するためだよ。本当なら一緒に旅立ちたかったのだけれど、殿下や親父殿の説得やら根回しやらに時間が掛かってしまってね。遅くなってしまった」

「フィンさんが一緒に来てくれるなら、心強いですけど」


 私は首を傾げた。説得や根回しがいったということは、反対されたのよね。そうまでして、来てくれたのはどうしてだろう。


「勇者一行に加わるなんて名誉な事だからね。これで魔王を倒せば万々歳、ハンドブルグ家の確固たる地位は、さらに強いものになる。これで納得かい?」


 理由は打算だらけなのに、悪びれた様子のないフィンさん。黒っ。あ。メイちゃんも引いた顔しているよ。シグルズは思いっきり舌打ちしているし。


「それとね。勇者クロリス」


 フィンさんの顔から微笑みが無くなり、憂いを帯びた真剣な表情になる。


「聖女に神託が下った。世界の崩壊を止めるための、光と闇の聖戦が開戦されると」


 美しく整った顔立ちのフィンさんが厳かに告げると、この台詞自体が神託のようだった。

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