第18話 人間も魔族も

「エリィさん、どうして」


 メイちゃんが愕然と呟いた。そう、現れたのは酒場の看板娘エリィさんだった。


「魔族、か」

「魔族? エリィさんが?」


 シグルズの一言に、私は驚く。嘘でしょ? どう見たって、普通の人と変わらない。

 驚く私に、エリィさんがくすくすと声を上げた。


「魔族に見えない、普通の人間に見える? 魔族ってどんなイメージだったの?」

「えーと、なんか角とか鋭い爪と牙が生えていて、顔色悪くて、目がギラギラしていて、出会ったらとって喰われるって」


 正直に答える。だって、魔族なんて見たこともないし、皆そう言ってた。

 物語に書かれる魔族は、いつも恐ろしく狡猾な悪者で、英雄や勇者に倒される存在でしかなかった。いい子にしなかったら魔族に食べられるぞー、というのが小さい子供への親の脅し文句で、私も小さい頃は信じていたもの。


「ふふ、実際はこの通り。牙も爪も角もないし、人間なんて食べないわ。あなたたち人間と変わらないでしょう?」


 臨戦態勢を解かないシグルズの鋭い視線が注がれる中、両手を上げたエリィさんが肩を竦めた。


「変わらない見た目を利用して人間に紛れ、何を企む?」


 シグルズが剣の柄に手をかけたまま尋ねる。


「企むなんて人聞きの悪い。私はただ情報収集するだけの諜報部員よ。あなたたちをどうこうするつもりも、力も無いわ」


 警戒する私たちに、エリィさんはひらひらと手を振った。


「噂の勇者様には興味があったしね。どんなものかと覗き見していたの。それだけよ」

「素直に信じるとでも思うか?」

「信じてもらうしかないわね。信じてもらえないなら、私の運もここで尽きた。それだけの話よ」


 真っ向から視線を受け止めるエリィさんに、根負けしたのはシグルズの方だった。


「止めた、元々俺はこういうのは苦手だ。どうするクロリス。こいつは情報を持って帰るぞ。お前の名前と顔の、な」

「それと、今の時点での勇者の戦力も、ね」


 私はちょっと考えた。エリィさんとは酒場で地酒の説明と、一言二言、交わしただけ。豊満な胸を揺らして上手に酔っ払いをあしらいながら、テーブルからテーブルへ、笑顔で生き生きと料理や酒を運んでいたエリィさん。お客さんとの会話も楽しそうだった。憎しみや敵意も感じなかった。


「エリィさん、酒場の仕事は楽しかった?」

「……ええ。楽しかったわ」


 エリィさんは、少し寂しそうに笑った。それが本心なのか演技なのかなんて、私には見分けられない。


「そっか。ならいいや」


 エリィさんが魔族だったのはショックだ。隠れて見ていたのは、情報収集だけじゃなくて、魔王の敵である私を殺そうとしていたのかもしれない。酒場でも敵意を隠して嫌々人間と関わっていたのかも。人の裏側なんて、分からない。分からないのなら、今見えているエリィさんという表側を信じよう。


「甘いのね、勇者様。でもありがとう」


 最後に女の私でもドキッとするような笑顔を見せてから、エリィさん背を向けてゆっくりと去っていった。大剣に手をかけたままのシグルズを綺麗に無視して背中を見せたのは、彼女なりの信頼の証だったんだと思う。うん、思おう。


「はあー、なんか色々と勉強不足だぁ」


 私は大きく息を吐いた。緊張が解けたらか、痛みがぶり返してくる。メイちゃんの回復魔法では、火傷は治りきってないし、腕は折れたまま。うう、なんか腫れてきたよ。


「シグルズ、魔族って皆エリィさんみたいなの?」

「そうだな。見た目はエリィみたいに人間と同じだ」


 シグルズの説明では、魔族と人間の違いは外見上ないんだって。魔族は長寿で、肉体も強靭、魔力も強大で、戦力的には人が敵う相手ではないけど、圧倒的に数が少ないそうだ。それが人間にとっては救いなのだけど。


「今まで聞いていた話と全然違う。魔族って本当に敵なの?」

「さあな」


 シグルズは適当な木を私の折れた腕に当てながら、素っ気なく答える。


「さあなって……」

「竜殺しの英雄なんて呼ばれているだけで、俺は一介の冒険者だ。国だの王だの、偉い奴らの思惑なんざ知らねえよ。知っているのは魔族と人間が長い戦争をやっていることぐらいだ」


 シグルズが布をぎゅっと絞って私の腫れた腕に木の棒を固定すると、応急措置が完了。そっか。そうだよね。剣術だけじゃなくて旅の師匠でもあるからつい何でも聞いてしまうけど、彼だって知らないことはある。


「だが戦ったことはある。そいつは無駄にプライドが高くて、人間を見下してやがった。やたら強ぇわ魔法が凄ぇわ。ただ、別の魔族とは共闘した。そいつは悪い奴じゃなかった」


 ふーん。人にも色々いるように、魔族にも色々いるって事よね。


「キマイラの討伐の依頼を教えてくれたのはエリィさんだったのです。酒場の修理費で無一文になった私たちに同情してくれて。今となっては、どこまでが好意だったのか」


 複雑な表情のメイちゃんが目を伏せる。彼女の肩を、私はぽんと叩いた。


「メイちゃん、私たちはエリィさんに何もされてないよ。そりゃ、キマイラ討伐は誘導されたかもしれないけどさ。それが罠だった訳でもないし。だからまあ、気にしないでおこうよ。ね?」


 考えたって仕方ない。現状では判断材料が少なすぎる。だったら材料が揃うまで保留でいい。

 そうして、私たちのキマイラ討伐は終了した。

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