第17話 シグルズの戦闘

 すっかりキマイラが動かなくなってから、そろそろと力を抜いた。


「メイちゃーん、やったよ……っ痛ぅっ!」


 手を振ろうとしたら、痛みが頭のてっぺんから足の先まで突き抜けた。思い切り顔をしかめる。左腕、多分折れてる。右腕は酷い火傷から、生々しい赤色。体のあちこちも多分火傷や打ち身だらけらしい。ずきずき、ぴりぴりとうるさいけれど、もっと酷い右腕の火傷の痛みでそれどころじゃなかった。痛みのあまり勝手に涙がにじんで、視界が赤黒く明滅する。


「クロリス! キマイラから離れろ」


 キマイラの死骸の前で半泣きになっていると、シグルズに肩を掴まれた。ぐい、と後ろに引かれて強制的にキマイラから距離を取らされる。


「モンスターは死ぬと魔石になる。死骸がそのままなのはおかしい」


 言われてみればと視線を動かした先で、キマイラの体から黒い霧のようなモノが立ち上った。シグルズが口の中で、小さく「あの時と同じだ」と呟いた。


「あの時?」

「メイ、こいつの回復を頼む。回復したらもう少し離れろ」


 私の疑問には答えずに流し、シグルズが背中の大剣を抜く。シグルズが大剣を抜くのを見るのは初めてだった。肉厚で重量のある剣。斬るよりも叩きつけることを重視した武骨な剣だ。鞘も柄も飾り気なんてなく、所々刃こぼれさえしている。


「クロリス様! 治って」


 メイちゃんが火傷に回復魔法をかけてくれた。気の遠くなりそうな痛みが引く。他はまだ痛いけど、動けるようになった私は、メイちゃんの手を借りてキマイラとシグルズから距離を取った。

 キマイラは黒い霧を纏わせたまま、ゆっくりと立ち上がった。赤く充血していた目は黒く染まり、体がさらに一回り大きく見える。私が剣を刺した口からは、だらだらと泡を吹いているんだけれど、溢れているのは血ではなく黒い何かだ。

 黒い何かは地面に落ちると、吸い込まれて染みを作った。キマイラの山羊の脚が、ぐっと力を蓄えて筋肉を脹らませた。突進が来る。

 シグルズの筋肉も盛り上がる。大剣を正眼に構え、重心を低くして肩幅に足を開いた。


「グルルルゥア」

「おおおおああ!」


 キマイラとシグルズは、互いに雄叫びを上げて前進。激しくぶつかり合った。重たい衝突音と共に、牙と大剣が、がっちりと噛み合う。そのまま拮抗するかと思ったけど、シグルズは剣をキマイラに噛ませたまま、ぐるりと捻って巨体を岩に叩きつけた。キマイラの体が岩を砕く。剣から牙を離したキマイラが、回転して起き上がった。破片を撒き散らしながら岩を蹴ると、素早く方向転換してシグルズから距離を取った。私の時よりも速い。


 シグルズから離れたキマイラの魔力が、精緻な模様を描き始める。火のマナが集まっていく。


「シグルズ、火の魔法が来る!」


 私の叫びと同時に、キマイラの魔法が完成した。


「ガアアアアアッ」


 雄叫びが呪文なのだろう。キマイラは、口からの炎と魔法を同時に放った。魔法で増幅された火炎がシグルズ目掛けて襲いかかる。離れている私たちの肌を焼くほどの熱量て、辺り一面真っ赤に染まった。メイちゃんが慌てて防御障壁を作る。


「舐めるな!」


 シグルズが一喝して大剣を振り下ろした。大剣が振られる物凄い風切り音と、同時に発生した衝撃波が、キイラの炎を二つに切り裂いた。裂かれた炎は二つに分かれて、左右の木や岩をあっという間に黒焦げにする。木は消し炭に、岩は熱で表面が真っ赤に染まった。

 シグルズはそのまま前に出ながら、振り下ろした剣を斬り返す。

 キマイラが寸での所で避けて、横合いから炎を吐いた。シグルズは、剣を振り上げた勢いを利用して回転。炎を避け、斜め下へ叩き付ける。

 ドガン! という派手な音を立ててキマイラの胴体に大剣が当たり、キマイラがふっ飛んだ。血飛沫の代わりに、黒い何かをぶちまけながら、ゴロゴロと転がっていく。


「ガアアアアオオアッ」


 吠えながらキマイラが立ち上がる。目と口から黒い炎が立ち上り、空気がさらに温度を上げた。赤黒い火のマナが模様を作り、キマイラが魔法で上乗せした巨大な黒い炎を吐いた。大剣を横へ振って黒い炎を横へ流したシグルズが、大地を蹴る。蹴りの衝撃が地面を揺らし抉った。

 空中に高く飛び上がったシグルズが、掲げた大剣を振り下ろす。振り下ろした勢いと重力による落下を利用した一撃は、轟音と共にキマイラを叩き潰す。今度こそ融けて消えるのを見届けてから、シグルズが大剣を布で拭いて鞘に納めた。


「何あれ」


 私は呆然と呟いた。消し炭になった木々。ゆらゆらと熱を立ち上らせる地面。砕けた大岩。人間とモンスターの戦いっていうより、化け物同士の戦いだよ、これ。 

 なんにせよ、キマイラは倒せた。私はほっと息を吐いたけど。シグルズは大剣の柄に手をかけたまま、何かを気にするように周囲を警戒している。まだ何かあるの?


 慌てて私も辺りを警戒して、気付いた。ここから五メートルほど離れた木の辺りに、魔法の気配がある?


「あーあ、見つかっちゃったか」


 じっと見ていると、空気が揺れて人影が現れた。その人物を見て息を飲む。知っている人だったからだ。

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