第14話 無一文
その後、メイちゃんは店に居合わせた客に小金を握らせて帰ってもらい、宿屋の主人に謝り倒して床と壁の修繕費にと有り金を全部渡したらしい。
そんな! 路銀は王様に交渉してかなり多めにふんだくっていたのに、無一文?
「と、いう訳です。何か申し開きは?」
「ありません。……え? っていうか、マジで? これ半分は私がやったの?」
私は呆然と、しっちゃかめっちゃかになった宿屋の一階、酒場だった場所を眺めた。床は滅茶苦茶、テーブルと椅子は両端に折り重なり、全面の壁は無くなって、見晴らしと風通しが抜群過ぎることになっている。うわお。
「いや、待て。俺はクロリスに無理矢理飲まされただけでだな……いや、なんでもありません!」
シグルズはメイちゃんに回復魔法をかけてもらい、二日酔いが治って顔色が良くなった。その為、尚更メイちゃんに頭が上がらない。
無事な部分の床に正座する私たちをチラチラと盗み見ながら、通りかかった町の人たちがひそひそと言葉を交わしていく。
「ほら、あれ昨日の」
「ああ、あの化け物二人」
「あの一番ちっちゃい子がボスなのね」
「猛獣使いだな。人は見かけによらないねぇ」
ううう。真実なだけに、何も言えません。お酒って怖い。そして、メイちゃんも怖い。
「それにしても素手で床がこんなになるなんて、あんた化け物ね」
説教を受けながら、こっそりシグルズに話しかけた。訓練の時は本気の一端も見せてなかったんだなあ、改めて思う。
「壁吹っ飛ばした奴が言うな。まさかこんな威力のある魔法が使えるようになっているとは思わなかった」
うん。実を言うと自分でもびっくり。私の魔法の訓練を見ていなかったシグルズは尚更だろう。
「訓練ではこんな大雑把な魔法の使い方なんてしなかったし、何もない空間に放っていたから威力は分かってなかったのよ」
多分狙いも適当に、見た目だけ派手なのをぶっ放したんだと思う。メイちゃんが軽い防御魔法をかけたとはいえ、直撃した人も死ななかったらしいし。
「ちょっと聞いていますか?」
なんて、こそこそやっていたらメイちゃんに怒られた。
「はい! 聞いています、反省しています!」
ちらりと横目で隣のシグルズを見る。目が合い、互いにこっそり頷いた。お酒はもう飲まない。そして、メイちゃんは怒らせてはいけない。妙に心が通じあった瞬間だった。
「とにかく、先ずは先立つものです」
あれから酒場の片付けを手伝い、朝一で来てくれた大工さんと交代して、逃げるように宿屋を後にした。もうこの町で泊めてくれる宿屋無いんじゃないかなあ。悲しいことに。携帯食料と水を補充する時もまあ、色んな目で見られましたよ。分かるけどね。私なら、宿屋ぶっ飛ばした奴なんかとお近づきになりたくないよ。
メイちゃんは、時々地図を見てあっちだこっちだと指示をしながら歩く。メイちゃん、完全にリーダーです。ボスです。
「この町は地竜のダンジョン近くで、特産品はアジカの実を使った地酒とジュース、ジャム等ですが」
うん、知ってる。エリィさんから聞いたし、その地酒で酷い目にあった訳だし。
「そのアジカの実に、肥料として欠かせないのが地竜の卵の殻です。地竜は卵が孵ると殻を巣の外に捨てるので、毎年この時期にダンジョンの付近にいるモンスターを討伐して殻を取りにいくんです。そのモンスターの討伐を、いつも王都の騎士団と冒険者に頼んでいるそうですが、今回は私たちに倒してもらえないかと」
「なんでいつもの騎士団や冒険者に頼まないの?」
「それが……。基本的に冒険者を仕切るのも騎士団なのですが、どうやらその騎士団がまだ動いていないらしくて。このままでは、地竜の卵が孵化する時期に間に合いません」
卵の産卵は年一回。当たり前だけど孵化の時期も同じ。つまりこの時期を逃すと卵の殻が手に入らなくなっちゃうわけだ。
「何やってんのよ、騎士団は。毎年の事なんでしょ?」
「今年はどこのモンスターも魔王の影響なのか例年よりも強く、各地で多く出没していますから、そちらを優先されたようです」
うおう。だから勇者が必要とされた訳だしね。
「それで、そのモンスターは何だ」
「キマイラだそうです」
シグルズの質問に、メイちゃんが答えた。キマイラって、なんか聞いたことあるな。えーと、なんか色々混ざっているモンスターだったっけ?
「シグルズ知ってる?」
「ああ、頭が獅子で胴体が山羊、尻尾が毒蛇のモンスターで、口から火を吹く」
えっ、何それ、怖い。私の想像力ではいまいち形にならなかったけど、聞いただけでなんか凄い生き物だよ?
「今のお前ならいける。メイの面倒は見ていてやるから一人でやれ」
「本当に? ヤバくなったら助けてよ?」
「まあ、何があるか分からないからな」
などと、うだうだ言っている内に地竜のダンジョンのある山の麓だ。今まで草が刈られた道だったけど、ここからは道なき道を分け入ることになった。人が入らない山道を、シグルズが草を掻き分けて、後に続く私たちが歩きやすいように踏みならして進む。この人、無愛想だけどこういう優しさはあるのよね。
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