第13話 メイちゃんの回想
※ここからの回想は、主人公が酔っぱらってグダグダの為、メイちゃん視点でお送りします。
始まりは、何の気なしに頼んだ一杯のお酒でした。バオバフ町の宿屋の一階にある食堂で、私たちは夕食を取っていました。そこで看板娘のエリィさんに自慢の地酒を勧められ、そんなに美味しいならちょっとだけ、とクロリス様が頼んだのです。
ちなみに、エリィさんは出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる、素敵な大人の女性です。同性の私も思わずチラチラと見てしまう程です。どうやったらあんな風になれるのでしょう。自分のあまり大きくない胸を見ました。まだ私十四歳だもの、きっとまだ大きくなりますよね!
などと、私が人知れず小さな葛藤をしている間に、クロリス様のジョッキが空になっていました。しかも二つ。随分空になるのが早いです。まさか、イッキ飲みですか?
はっとなってクロリス様を見ると、頬が赤くなって目が潤んでいます。
「エリィさぁん、もう一杯、いや、一杯なんてまだるっこしいや。瓶で下さぁい!」
「はいよ!」
「ちょ、ちょっとクロリス様!」
私が慌ててクロリス様を止めようとするも、エリィさんが既に酒瓶を運んできました。エリィさん、仕事が早いです。
後から思えばここでもっと強く止めておくべきでした。後悔先に立たず、です。
「美味しい~! 美味しいよ、これ。シグルズも飲んでみなよ」
ふにゃあ、とした笑みを浮かべてクロリス様がシグルズ様にお酒を勧めました。完全に酔っ払いですね。
「俺は要らん。お前だけ飲んでいろ」
冷たく突き離してシグルズ様は、バルル鳥の包み焼きを頬張りました。食欲をそそる香草のアクセントと、溶けたチーズが絶妙でとっても美味しいです。
「ええ~、つまんない。メイちゃんはまだ飲めないしぃ。そう言わずに飲め飲めぇえい!」
問答無用でクロリス様がシグルズ様の口に酒瓶を突っ込んでしまいました。ちなみに十五歳になっていない私は、成人ではないので飲めません。
「ふぐっ! んぐっ、んぐっ。ってめえ、何しやが……る」
酒瓶を押し返し、シグルズ様がクロリス様を怒鳴り付けたのですが、語尾が途切れて声が小さくなりました。顔がみるみる赤くなっていきます。あれ?
「だあっはっははは!」
いつもは鋭い目が柔らかくなったと思ったら、急に大笑いをし始めました。えええぇ?
どうやらシグルズ様は、お酒に弱かったようです。意外です。樽で飲みそうなイメージですのに。
「あっはっはっはっは! 酒瓶て。酒瓶を口に突っ込むって!」
バンバンとテーブルを叩いて、シグルズ様がなぜか酒瓶に大ウケです。
「そうでしょう、そうでしょう。このクロリス・カラナ、面白さには自信があるわ!」
うんうんとクロリス様が頷いて、酒を注いだジョッキをシグルズ様に渡します。会話が微妙に噛み合っていませんが、酔っ払いには関係ないようです。二人は酒瓶一つ、料理一つに大笑いしながらジョッキを空けています。一人素面の私は二人のテンションにまるでついていけません。
でも、まあ楽しそうだからいいかな。
満面の笑みで肩まで組み始めた二人を見て、私は頬を弛ませました。シグルズ様はもちろん、クロリス様がこんなに楽しそうなのもはじめて見ました。一ヶ月間ずっと訓練ばかりだったんです。少しくらいはめを外したって罰は当たらないでしょう。
「くすくす。酔っ払いのお守りは大変ね。これサービスしてあげる」
エリィさんが赤いジュースを私の前に置いてくれました。お礼を言ってジュースを一口。甘酸っぱく、果物の爽やかな香りが広がります。美味しいです。ところが私がジュースに気をとられている間に、事件は起きました。ちょっと目を離した一瞬で。
どうやら酔っ払いのおじさんがクロリス様に絡んでいるようです。あの人は、さっきエリィさんのお尻を触ろうとして、上手くあしらわれていた人です。あ、性懲りもなくクロリス様のお尻に手を伸ばして!
私が注意しようと立ち上がった時、おじさんの手が掴まれました。シグルズ様です。さっきまでの陽気な笑いが引いて、いつもの鋭い目付きが戻っていました。
「おい、何をしようとした?」
ドスの効いた低い声に、私なら震え上がりそうですが、酔っぱらっているおじさんは分かっていません。
「ああ? いい~りゃねえ~か、減るもん~じゃなしぃ」
おじさん、呂律が怪しいですね。駄目です、おじさん。多分命の危機ですよ!
「あっはははは! シグルズったら、マジになっちゃってぇ」
クロリス様がシグルズ様の肩をバンバン叩いて馬鹿笑いしています。よし、このままうやむやにしてしまいましょう。
「そうです、シグルズ様。未遂ですし、お酒の席ですから、ね?」
「お? お嬢ちゃん、可愛いにぇ。……ひっく。何にゃらお嬢ちゃんが相手でもいいよぉ?」
ぽんとおじさんが私の肩に手を置きました。そのまま私を引き寄せようとします。
「お、じ、さあん。何しているのかなあ?」
ばしっ。その手をクロリス様が笑顔で払いのけました。クロリス様とシグルズ様が揃って、貼りついたような笑みを浮かべて拳を固め、並びます。クロリス様の拳から物凄い速さで展開する魔法に、私の背筋が凍りました。酔っ払いのおじさんは、全く気がついていません。
「く、クロリス様、シグルズ様、落ち着きましょう!」
「はっはっは。俺は落ち着いている」
嘘ですっ。拳に物凄い血管が浮いています! なんかメキメキという音が聞こえます!
「んっふっふ。大丈夫、魔法はしくじらないわ」
「そっちの心配じゃありません! ああ、もう。皆さん逃げて!」
わらわらと、二人の射線上から人が逃げていきます。意味が分からずポカンとしている人もいますが、顔色を変えた人が引き摺っていきます。多分何人かは魔法の構成が見えているのでしょう。魔法を使える人は稀ですが、見ることが出来るだけの人は、結構居るのです。私も攻撃魔法は使えませんが、回復魔法は使えるし使えない魔法も見ることは出来ます。それにあれだけ恐ろしい魔力、見えなくても感じ取れますって!
ドン! と物凄い踏み込みの音と共に、シグルズ様が拳を酔っ払いの目の前の地面に叩きつけました。流石に、おじさんには直接当てない程度の理性は残っていたらしいです。
ゴガァン! という音と衝撃波が吹き荒れ、酒場の床が崩壊しました。人間の仕業ですか?
同時にクロリス様の魔法が完成しました。
「メイちゃんに手ぇ出すアホは死ねえい!」
それが呪文となって魔法が発動しました。白い光が走り、バチバチと空気が帯電します。
「死なせないで下さい! お尋ね者は嫌です!」
私の切実な叫びが防御呪文となり、無いよりはましな障壁が展開。ドガガガッ! クロリス様が放った電撃が、障壁と酔っ払いのおじさん諸とも、テーブルや椅子やら、そして酒場の壁を粉々に壊して吹き飛ばしました。
「ぴぎゃああああっ!」
おじさんの悲鳴が遠ざかっていきます。二メートル程宙を舞ってから酒場の外へ転がって止まりました。
しいいぃぃん。酒場に静寂が落ちました。
「「イエェーイ!」」
「イエェーイ! じゃないです! この酔っ払い!」
良い顔でハイタッチを交わす二人に、ブチキレましたよ。そりゃあ、もう!
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