第11話 はじめての戦闘

「黒竜ってあんたが倒したやつよね。どんな竜なの?」


 シグルズが竜殺しと呼ばれるようになったのは、黒竜を倒したからだとメイちゃんに教えてもらった。


「体長は二十メートル超えで、爪だけでも俺の腕くらいあった。鱗が硬くてブレスを吐くから厄介なんてもんじゃなかったな」

「うぇえ、めちゃくちゃ強そう。そんなのにどうやって勝ったの?」

「ふん。剣士なんだからこいつで戦うしかないだろ」


 と、シグルズは背中の大剣を軽く叩いた。シグルズの剣は大きくて分厚いけれど、それだけで竜を斬れるとは思えない。半信半疑の私の顔を見たシグルズが続けた。


「そりゃ簡単じゃなかったさ。倒したものの瀕死だ。黒竜のダンジョン近くにいた回復魔法使いじゃ治しきれなくて、最高峰の回復魔法使いフーリエを頼りにレナド王国へ来たんだが。治療を受けられる代わりに、お前のお守りを交換条件に出された」

「それで私の師匠兼旅のお供になったんだ」

「まあな」


 そのお陰で、こうしてシグルズが旅に同行してくれているのだから、運が良かったのかもしれない。


 私たちは踏み固められた街道を進んだ。たまに馬車やレナド王国を目指す人に会うけれど、それ以外は特に何もない。町から出たことがなかった私は、最初こそ物珍しく辺りを見ていたけど、直ぐに飽きてしまい今では黙々と歩いている。

 バオバフ町までは徒歩で丸一日かかる。街道を行く人影は今のところ私たちのみ。なだらかな丘が幾つも連なる景色が続く。丘を幾つ越えただろうか。大きな岩が多くなってきて、草も背の高いものが群生するようになった。


「ゴブリンがいるな」


 先頭を行くシグルズが、天気の話をするように言った。


「あそこの岩影にいる。クロリス、お前がやれ」


 モンスターを私が? どきりと心臓が跳ねる。

 ゴブリンはモンスターとしては下級らしい。これをやれなきゃ、一生モンスターなんて相手に出来ない。覚悟を決めて顎を引くと、シグルズが一歩下がって先を促した。

 私は腰の剣を鞘から抜く。剣は鞘から抜けるというよりは、私の手の中に飛び込んできた。何となく喜んでいるように思えるのは私の気のせいか。

 剣を構えて少しずつ岩影に近付く。あと少し、あと三歩、あと二歩、というところで岩影からゴブリンが飛び出してきた。


 子供の背くらいの体格で、ギョロリとした大きな目、尖った耳、鋭い歯がずらりと生えた体のわりに大きな口。ゴブリンは上段で構えたこん棒を振り下ろしてくる。私はこん棒を小さく横に避けてから、剣を振り下ろした。

 音も手応えもなく、ゴブリンが真っ二つに分かれて地面に転がる。え?

 さらにもう一匹が岩影から飛び出す。反射的に剣を横に振る。ぽん、と軽くゴブリンの首が宙を舞った。

 一呼吸遅れて大量の血を撒き散らし、二つの死体が転がる。吹き出した血を避け、私の足は後ろに下がっていた。


「あ……」


 そのままよろよろと後退する。ざあっと音を立てて血の気が引いた。今、私は余りに簡単に命を奪った。

 命を奪う。その覚悟はしていた。だからショックなのはその事じゃない。手応えさえもなくあっさり斬れた事。罪悪感も嫌悪感も恐怖もなかった事。それが怖かった。


「クロリス様、大丈夫ですか?」


 真っ青になって立ち尽くす私に、メイちゃんが気遣って声をかけてくれる。


「うしっ!」


 ぱんっと私は自分の頬を、空いている左手で張った。

 切り替えろ。問題は切れ味が良すぎるこの剣と、私自身の倫理観だ。問題点を忘れずに、気持ちは前に。それが私のモットーでしょ。


「大丈夫よ、メイちゃん。心配してくれてありがとう」


 意識してにっこりと笑う。笑顔は例え作り物でも、心を上向きにしてくれる。大丈夫。剣を振る動きそのものは、ここ一ヶ月の成果が出せた。訓練通り動けた。今はそれでいい。

 剣の血を払うために軽く振る。綺麗に血が落ちて、何もなかったかのように刀身が輝いた。本当、何なのよ。この剣。

 溜め息を吐いて鞘に仕舞う。二人の側に戻ると視線にかち合った。


「何よ? 師匠」


じっと私を見ているシグルズを軽く睨む。駄目だしが来るのか? それとも嫌味? 受けて立つわよ! と内心で身構えたんだけど。


「いや」


 短い一言で首を横に振ったシグルズは、あろうことかふっと微笑んだ。

 ホホエンダ……? あのシグルズが?

 衝撃の事実に固まる私を尻目に、笑みを引っ込めたシグルズが歩き出す。


「見ました? クロリス様」

「見たわ。あいつ笑えたんだ」

「おい、何をもたもたしている?」


 ひそひそやっている私たちに、シグルズの不機嫌な声が降ってきた。


「あ、なんでもない。行こっか」


慌てて先を行くシグルズに追い付く。

 笑った顔は、ちょっといいじゃないか。なんて思ってしまったことは内緒だ。絶対に。

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