第8話 それはそれ。これはこれ。

 勇者に選ばれてから、一週間が過ぎた。早朝に起床して朝食と散歩の後、午前中はひたすら木剣を振り回し、昼食休憩を挟んで午後からは魔法のドSな訓練。夕方はメイちゃんと親睦を深めつつ、食事とお風呂ですぐ就寝。

 そんな毎日が続くと、流石に私も慣れてメイちゃんの回復魔法のお世話にならなくなった。午後からの魔法は、覚える魔法が次から次なので、相変わらずフーリエさんの回復魔法にはお世話になっている。


 真っ直ぐに振り下ろした私の木剣を、シグルズは難なく受け止め、弾く。弾かれて後ろにたたらを踏んだ私の胴へ、追撃の横一線。木剣が当たる寸前でピタリと止まった。当たらなかったけれど、冷たい感触が残った。ひいいぃっ、怖い。

 引けてしまう腰にぐっと力を入れた。正面で木剣を構える。今度はどこへ打ち込もう。目の前のシグルズの隙を探ろうとするけれど、素人にそんなの分かるわけない。


 ひたすらやる素振りに加えて、今日からこうやって打ち込み稽古が始まった。構えているだけのシグルズに私が打ち込み、反撃の寸止めでまた仕切り直す。その繰り返しだ。みっちり三十分ほどの打ち込み稽古を終えると、久し振りに体が悲鳴を上げ、震え出した。

 うわあ、これまた筋肉痛だよ。最近は素振りや筋トレ、走り込みも難なくこなせるようになって随分と筋肉もついた。それでも実際に人とやる稽古は違うんだなあ。


「お疲れ様です、クロリス様」


 重たい体にうんざりしながら、メイちゃんが用意してくれた椅子に座り、蜂蜜とレモンたっぷりのジュースを口にする。


「美味しい~っ。メイちゃんありがとう」


 ああ、酸味と甘さが疲れた体に染みるぅ。メイちゃんの優しさも染み渡るわぁ。

 私がしみじみとジュースを飲んでいると、シグルズがどかりと椅子に座った。メイちゃんがすかさずジュースをシグルズの前に差し出す。私のものよりちょっと蜂蜜控えめの、シグルズ専用のブレンドだ。


「ちょっと、人から何かしてもらった時はありがとう、でしょ。あ、り、が、と、う! っていうか、当たり前のように座るんじゃないわよ」


 私は当然のようにジュースを受け取るシグルズに向かって、わざとらしく指でテーブルを叩き、『ありがとう』を強調した。


「はん、剣の師匠に向かって何だ、その態度は。メイが俺の分の椅子も用意しているんだから、座るのは当然だろう」


 シグルズはそんな私にも動じず、椅子の上に腕と足を組んでふんぞり返った。あー、もう。初対面からして印象悪かったけど、腹立つわぁ。


「はぁあ? 訓練の時間以外はあんたなんて、ただの態度悪い失礼な男よ。だいたいねえ、メイちゃんがあんたの分用意してくれるのは、あんたが図々しく催促したからでしょ」


 じろりとメイちゃんを一瞥して「俺には無いのか」だよ。何なのこいつ!

 勿論、訓練の間は師匠として敬っているわよ。でもそれはそれ。これはこれ。


「まあまあ、クロリス様」


 メイちゃんが私の前に具材たっぷりのスープと、城のお抱えシェフ特性のサンドイッチを置いてくれた。美味しそうー。


「ありがとう、メイちゃん」


 私はメイちゃんが仕度を終えて椅子に座るのを待ってから『頂きます』の挨拶をする。あ、シグルズの奴はもう食べ終わってるよ。本当、協調性のない奴。


「って、あんた、ちゃんと噛んで食べた? ご馳走さまは?」

「……本当、何なんだ、お前は。調子が狂う」


 シグルズは大きく溜め息を吐いて立ち上がった。


「ちょっと、挨拶!」


 私の注意は、出ていきかけているシグルズの背中にぶち当たった。ドアを開いた彼が肩越しに振り向き、ぼそりと早口で言う。


「ご馳走さま、それとありがとう」


バタン。大きな音を立ててドアが閉まった。今度それも注意してやろうと、私は鼻からふんと息を吐いた。


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