第6話 怖い、痛い、泣きたい

 ふつふつと額から噴き出た汗が滑り落ちる。汗の入った目が霞む。自分の荒い息が耳に触る。なけなしの集中力を乱そうとするそれらを、必死に意識の外に追いやる。


 魔力を媒介にする。それはとても精緻で繊細な作業だ。引き起こしたい事象を想像し、それを引き起こす為の魔力を編み込む。イメージとしては、糸かな。細い糸のような魔力を編み上げて形を作る。その形によって、種類の違うマナが引き寄せられるらしい。


 私は手のひらを上に向けて、体内の魔力を集める。その魔力を細く、細く、糸のようにして精緻な模様へと編み上げていく。フィンさんのように瞬時に形には出来ない。ゆっくりゆっくりと魔力を細く変換して、編んでいく。この作業の一つ一つに、がりがりと精神を削られる。

 また、汗が頬を伝う。頬から首筋へ流れる感触。くすぐったい。気持ち悪い。そんな小さなことで、気が逸れた。赤い光の模様があと少しで完成、というところでゆらりと揺らいで、一部がぷつんと切れる。その途端、光の模様に集まっていたマナが荒れ狂い、私に牙を剥いた。


「あああああっ!」


 火のマナを集めていた私は、腕を炎に焼かれる。熱い。痛い。


「イグニスパグナ」


 フィンさんの魔法が水を具現させ、私の腕を包み込む。炎は消えたものの、私の腕に火傷と痛みを刻み込んだ。


「はあい、治れ」


 フーリエさんが瞬時に腕の火傷を治してくれる。私がさっき使おうとしていた魔法とは、比べ物にならないほど複雑な魔力の構成が、瞬時に編み上がって回復魔法として発現した。


「惜しかったな。構成そのものは、ほぼ出来上がっていたよ」


 フィンさんは私が失敗する度に、懇切丁寧に何処を失敗したのか、どうすればいいのか教えてくれる。優しく出来ている部分を褒め、それから天使のように微笑んで言う。

「もう一度頑張ろう。君なら出来る」と。


 悪魔の笑みだ、これ。イケメンの優しい笑みにときめいたのは最初だけ。さっきからもう何回目になるのか分からないやり取りだ。魔法を使おうとしては、失敗して腕を焼かれ、フーリエさんが治してくれる。その度に激痛。瞬時に治され、また挑戦。


 何が惜しかったな、だよ。何が君なら出来る、だよ。全然大丈夫じゃないよ。超痛いし、超怖いよ。泣きたい。


 心の中でいっぱい叫んで、好きなだけ泣き言を吐いてから。眼球の湿りを瞬きで乾かし、大きく深呼吸して、心をなだめる。そうして、魔法の制御に全神経を傾けた。

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